2020年6月7日日曜日

『チェンジリング』-盛り沢山の超重量感

 連日のクリント・イーストウッド作品。前から録画したままになっていたのを、昨日の感動に勢いづけられて。
 行方不明になった子供が帰ってきたら別人だったというほんの入口のところしか知らなかったのだが、いやこれほどの盛り沢山の物語だとは思わなかった。しかもこれで実話ベースだなんて。
 母子二人暮らしで、仕事に出ている間に子供がいなくなるまでは、例えばこんなふうに描かれる。子供と映画に行く約束をしていて、急に入った仕事を断れずに出かけ、早く帰るのに焦っていると上司に昇進のことで話しかけられたり、路面電車に乗り損ねたりする。出かける前に一人家に残って細長い窓越しに手を振る息子を小さく捉えたりして、行方不明の母の痛みがこれでもかと伝わる。俗っぽいと言って良いほどのわかりやすくも丁寧な描写だ。
 基本的には全体にわかりやすい。だが観ていて、どこに行くのか、どこまで描くのかはちっとも予想ができない。
 ロサンゼルス警察の無責任と体面重視と強権体制が描かれて、息子が別人だと訴えているうちにあろうことか精神病院に入れられてしまう。こういうところの恐怖はいろんな映画でも描かれるが、これもまた息苦しいほどの恐怖が、ちゃんと演出される。どんなに正論を唱えても受け入れられない恐怖。
 ここに、真実を主人公に伝えて闘う同志が配置されるあたりはサービス満点のエンタテインメントだ。彼女もちゃんと後で救い出される。
 一方で何やら怪しい牧場が登場して、これ見よがしに刃物類が画面に入るなあと思っていると、20人もの大量殺人事件がからんでくる。息子の生還に絶望的な観測がもたらされる。
 絶望的な状況は、警察の腐敗を追及する教会の活動によって好転していく。聴聞会での公的な場での警察の責任追及と、シリアルキラーに対する裁判が並行して描かれる。法廷物でまであろうとは。
 主人公の息子が殺された子供の一人であることがわかったところから、どこで終わるのだろうと思っているとこの堂々たる法廷物の展開に驚かされ、さらに終わり時間を確認せずに観続けていると、殺人犯の処刑の直前の接見やら処刑シーンまで描かれる。
 さらにそれから5年後の後日談がたっぷり描かれるなあと思っていると、殺人犯から逃れた少年の一人が保護されたというニュースが入り、彼から息子の様子が伝えられる。息子を失った痛みに対する補償が描かれるのもたっぷりしたエンタテインメント的サービスだが、むしろこの情報によって主人公は息子の生存に希望を持つという結末まで、なんともはや盛り沢山な物語だった。
 盛り沢山と感ずるのは、それぞれの展開の中での主人公の感情の振幅がきちんと描かれ、観客がそれだけの物語の重みを感じ取るからだ。
 基本的には悲劇だから、観ていてとても辛いのだが、その中で救いとなるエピソードも満載で、観客は振り回された揚句どういう感情で観終わっていいものやら、という感じだった。
 これで2時間20分を超えるのだからその重量感たるや!

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