2026年10月22日木曜日

『モネと時間旅行』-時間旅行

 戦後、誰も住んでいない屋敷とその敷地を再開発のために自治体が買い取りたいというので、家主の子孫が一堂に集められる。面識も交流もない親戚同士から、代表4名が、80年ぶりに屋敷に入る。入ってみると壁一面の写真と、印象派らしき絵画を発見する。これが予告編でもわかるとおりクロード・モネのまだ知られていない絵画だったいうのが顛末なのだが、その事情を調査をする現在編と、それを現在進行形で語られる過去編が交互に展開する。

 序盤から、これは良い映画だという手触りが始終感じられて心地良い。親戚代表の4人のそれぞれの人生が次第に交差していくドラマと、そこに100年以上前に生きた家主のドラマが重層する。さまざまな苦さと喜びが重奏する。

 その切り替えは映画的楽しさに満ちていて、例えば100年前のパリの街角でヒロインが角を曲がって姿を消したと思うと、直後にその陰から現代のジョガーが姿を現す。こんなことはパリだからできるのだろう。東京ではこんなことができる街角が見つかるかどうか。

 細部までよく考えられていて、弛緩したところがない。親戚のZoom会議で一人が猫のアバターになっていて、孫娘が設定したのだが直し方がわからない、などというユーモアもちりばめられている。カメラの切り替えがわかって現れたのは怒りっぱい老人だったりするのもユーモラスだ。

 100年以上前に懸命に生きたヒロインと、これまたそれぞれに人生を生きるその子孫たちの悲喜こもごもが、最後には幸せな気分にさせてくれる良い映画だった。


2026年10月21日水曜日

『神回』-頭の悪い

 とりあえずループものだということは紹介でわかっている。夏休みの教室に高校生の男女がいて、午後の1時から5分間がループする。

 ここでも脱出のための試行錯誤が繰り返される。だがこれがあまりに頭が悪すぎて不自然極まりない。そんな錯誤に満ちた試行は、それ自体を楽しんでしまうのでなければ実行したりしない。グラウンドに素早く到着するために校舎の3階だか4階だかから飛び降りてみるなどというのは、一回試してだめなら繰り返したりしない。痛いのは記憶されるのだし。それが狂気として描かれるわけではないから、これはどうにも頭の悪い映画なのだと序盤で思われる。

 終盤、結局このループが何なのかという種明かしも、感動的に見せながら何も腑には落ちない。そこで長々と見せられる老年の役者二人の演技がどうにも素人くさいのも痛ましかった。

 それでいて校舎とかグラウンドとか教室の机だとかにプロジェクションマッピングのように映像が映される終盤のシーンが、何だか映画的に良さげに見えるところが腹立たしい。

 死に際の老人が高校時代の一場面を繰り返し見ているという設定はいい。それが「人間」を描くどのようなリアリティも持てずに、何となく映画という非日常の空気感だけを描ければいいと考えているような映像作家に、多くの人手と金が費やされているかと思うと無残。


2026年10月16日金曜日

『パーム・スプリング』-再鑑賞

 ループものということで観直してみる。よく考えられた脚本で、やはり楽しい。いろんな感情が味わえる。これは劇中の台詞のパクりだ。

 ループを堪能して、そこからの脱出に努力して、脱出したところで一息の安心感が実に心地よい。


2026年10月13日火曜日

『室井慎次 生き続ける者』-中身のない

 今頃の新作が公開されているので、テレビシリーズから劇場版まで、大放出の再放送。テレビシリーズの第一話を初めて見たりした。

 劇場版は第一弾が面白かったのだが、記録的ヒットの第二弾はそれほど、と当時思った。テレビといい劇場版といい、どれも微妙に面白く、どれもそれほどでもない、という程度の品質で揃っている。

 本作はキャラクターとして好印象の室井を主人公にしたスピンオフだから、それなりに好意的に見られるかと思ったが、実に何も中身のないお話だった。ひたすら柳葉敏郎の苦虫噛み潰した顔芸で持たせる。その挙句に、どういう必然性もなく死んでしまう。愛着があればそれも感動的なのだろうが、そこで感動させるのは安易に過ぎるとも言える。


2026年10月12日月曜日

『遺書、公開』-再鑑賞にて

 『幸せカナコの殺し屋生活』第2シーズンの新キャラクターで笑わない少女を演ずる鈴川紗由が気になって、出演作を調べてみたら、これに出ているという。どの子だったかと観直してみるとなるほどちゃんと存在感があるのだが、キャラクターや髪型は変わっていて結びつかなかった。ついでに『御上先生』にも出ているのだが、こちらはまるで目立たない(ついでにここで高石あかりと同じクラスメイトになっているのだった。そして高石あかりは『ベイビーわるきゅーれ』で殺し屋を演じ、鈴川は『幸せ』で殺し屋になる)。

 そのまま全編観直してしまったのは、これはまた改めて見てみると、それぞれの登場人物を細かく映す演出が実に丁寧であることに感心したからだった。それぞれの場面でそれぞれの人物にどういう感情が生じているかを実に丁寧に掬い上げている。高石あかりを初めてとする役者陣がうまいということもあるが、基本的には演出がよく考えられていて的確だからできることでもある。あらためて確認すると監督の英勉は『幸せカナコの殺し屋生活』の演出でもある。

 さて、あろうことかもう一晩、まるまる観直してしまった。これはマンガ原作をどうシナリオ化しているのかが気になったからだった。原作本を片手に、時々はマンガを読み進め、ある程度進んだら映画を再生し、止めては読み進め…。

 教室を舞台にした会話劇ということで、これを文化祭向けの舞台劇に書き下ろせないかと考えていたのだった。この、すさまじく面白い物語を適切に戯曲化して、的確に演出すれば、面白い舞台劇になることは間違いない。

 だがしかし、ただちに実現を考えるには一点、ハッピーエンドでないところが玉に瑕ではある。映画も原作も同じく、人の悪意を最後のオチに使っていて、文化祭に向いているとは言いがたいところがためらわれる。


2026年10月11日日曜日

『幸せカナコの殺し屋生活』-軽く

 前のシリーズが楽しかったので、これも家族で一気見。

 基本的にはのんの脳天気ぶりが楽しいのだが、それでいて殺し屋としては高い戦闘力を発揮する無敵ぶりが安易な快楽ではある。

 4コマ漫画が原作とは思えないストーリーテリングに発展するのは前作同様。登場人物が増えてきて、それぞれのキャラクターとのからみにそれぞれの微妙な面白さが生ずる。


2026年10月2日金曜日

『リバー、流れないでよ』-アイデア満載

 『ドロステのはてで僕ら』に続くヨーロッパ企画の映画。そしてこちらもタイムループもの。『ドロステ』はループしているわけではないが、同じ場面が繰り返されたが、こちらは完全にループする。

 『ドロステ』では驚異の全編ワンカット(に見える)ところが一つの売りではあったが、こちらも、このループ一回分が毎度ワンカットで撮られているところが楽しい。舞台となる旅館を周辺と館内、縦横無尽に移動しながら物語が展開する。スピーディーで賑やかな展開に飽きない。

 そしてループものと言えばどうやって脱出するかだ。試行錯誤が繰り返され、そのたびにループの中身が変わるバラエティに富んだバリエーションのアイデアが楽しい。だが繰り返しが2分というのは短すぎないか、というのが少々不満ではある。実際、どうみても2分以上の展開だろうというバリアントもある。

 まあどうでもいいともいえる。5分くらいなのだと言ってもまるでかまわない。それにしては短い回もあるじゃないかという突っ込みが生じるが、ループ全編を描かないということにしてしまえば5分くらいにしておけばよかったのでは、という気もする。

 それでもその短い繰り返しの中でいろいろな事情が明かされていく。物語は展開していく。そして最後は満足の大団円で終る。見事な脚本だ。

 ただ、ループから抜けた途端にカット割りして「普通の」映画っぽくなると、ちょっと面白さが後退する。やはりこの映画の楽しさには、ワンカット撮影の工夫というのもあるらしいのだった。

 ということでシナリオも撮影もアイデアに満ちた、実に面白い映画だった。