2017年12月26日火曜日

「夢十夜」の授業 1 ~第六夜は解釈する

 ここ数年で1学年を担当することが3回あって、その1回目の時に、夏目漱石の「夢十夜」の「第一夜」について、今までと全く違う解釈を思いついた。その年の授業については以前まとめたことがある。(さらに最近書き直したもの『夢十夜』の最近の授業
 この、いわゆる「コペルニクス的転回」的な認識の変容は我ながらいささか衝撃的で、「夢十夜」の授業についてのアプローチを大きく変えることになった。それ以前から想定していた「夢十夜」の教材としての価値についても再考し、あらためてひとまとまりの授業の構想を立てて、その後2回の1学年担当で実施してみた。
 3回目の実施となる今年度の様子を、ここに記録しておく。

 「夢十夜」の教科書採録に際しては、以前は「第三夜」が収録されていることもあったが、近年は「第一夜」と「第六夜」のみの収録が一般的である。この場合、最初の通読は「第一夜」「第六夜」の順でいいが、読解は「第六夜」から行う。これは、「第六夜」の方が、生徒にとって馴染んだ「国語科授業」的扱いができるからだ。あえて「解釈」をするのである。

 授業で小説を扱うということは、その小説の「解釈」を「教える」ことではない。そもそも小説を読むときに、いちいち「解釈」をしているという実感は、我々にはない。大衆小説の多くは「解釈」を必要とするような感触がなく、読めばただちに「わかる」と感ずるし、あるいは村上春樹のように、わからなくても、楽しかったり怖かったりと、何らかの感銘を与えてくれる小説もある。だから授業でも、小説によってはただ読むだけでいい。それ以上に、読めばわかる小説内情報をいたずらに整理して確認する必要などない(といってもちろん、作者の伝記的事項や作品制作の背景などの小説外情報を伝達することも、授業で小説を扱うことの本義ではない。本論における「夢十夜」の読解にも、漱石個人の伝記的事実は無関係である)。
 だが、読んだだけでは何かわりきれない感触が残る小説には、何らかの「解釈」が欲求される。それは読者としての人情というだけでなく、国語科学習の好機だ。そのとき、生徒自身が「解釈」しようとするのなら、それは意味あることだ。「解釈」は小説読解にとって必須の行為ではなく、国語科学習にとっての好機なのである。それは決して教師によって提示されるべきものではなく、生徒自身が取り組むべき課題である。
 「夢十夜」は「夢」という体裁をとった小説だから、物語の筋立てにせよ、情景の描写にせよ、いちいち明瞭な、見慣れた、自明の「意味」をもたない記述に満ちている。「夢」だという建前を信ずるならば、それらを既存の「意味」に落とし込むような「解釈」はいたずらに見当外れな穿ちすぎということになりかねない。
 だが、これが少なくとも「小説」という器に注がれて我々の前にある以上は、それに対して作者と読者である我々の間にコミュニケーションの成立する可能性はあるはずだ。夢そのものでさえ、語られる以上は精神分析という「解釈」の対象となりうるのである。まして授業という場では、その「意味」をめぐる考察は国語学習の好機となるべく期待をしても良いかもしれない。そして「第六夜」はそうした考察の対象となりそうな感触がある。なおかつ、そうした「解釈」をすることは、後に続く「第一夜」の読解の特殊さを意識させるための伏線にもなる。

 最初にまず「第六夜」を「解釈」するのだ、と宣言する。

    ①「第六夜」の主題は何か。「第六夜」はつまり何を言っているのか。

 本当は、こんなことはあらためて言う必要もない。だが、常にこの問いの答えにつながるかどうかを視野に入れつつ以下の考察を行うべきであることを確認しておく必要性は、実際にはある。以下の問いが一問一答式の答え合わせになってしまわぬよう、生徒自身が考える方向を忘れぬためである。
 「解釈」とは、小説内情報の論理について、さまざまなレベルでの結合を意図する思考だが、その中でも、全体を統覚する論理がいわゆる「主題」である。「主題」とはつまり、この小説は何を言っているのかを、小説内の出来事のレベルよりも抽象的なレベルで語ることである。まずはそのように大きな見通しを提示しておいて次の問いを提示する。

    ②「運慶が今日まで生きている理由」とは何か。

 末尾の一文で、「自分」はこの「理由」が「ほぼわかった」という。だがそれが何かを語ることなく小説は終わる。語り手が「わかった」というものを読者がわからないままに済ますわけにはいかない。といってすべての読者にそれが自明なわけでもない。いかんともしがたく「解釈」の欲求を誘う記述である。
 この問いは、たとえば「なぜ鎌倉時代の人間である運慶が今日(明治時代)まで生きているのか」という問いではない。我々がその不思議の意味を問われているわけではない。その不条理をとりあえず引き受けたところに「夢」の感触があるからだ。だからあくまでこれは語り手の「自分」が思い至った「生きている理由」が何かを問うているのである。
 この「理由」は、この小説が何を言っている小説なのか、という全体の理解の中に位置づけられるべきである。物語の締めくくりに置かれたこの「自分」の悟りが小説全体の「意味」を支えていると思われるからだ。
 そうした問題を意識した上であらためて小説の展開や細部から必要な情報を読み取っていく。そのために、さらに補助的な問いを提示していく。

    ③「明治の木にはとうてい仁王は埋まっていない」とはどういうことか。

 ②を明らかにするためには、まず③を解決する必要がある。③の認識によって、「それで」②が「わかった」と「自分」は言っているからである。
 「仁王は埋まっていない」とは、「仁王が掘り出せない=仁王像を彫れない」の隠喩である。だが隠喩で表される認識が「彫れない」という認識と同じだというわけではない。なぜ「自分には彫れない」ではなく「仁王は埋まっていない」なのか。なぜそれが「とうてい」なのか。
  「どういうことか」という問いは、包括的であることに意義がある一方で、目標が定まらないから思考や論議が散漫になるきらいがある。生徒の様子を見て、問いを変形する。
 たとえば上述の問いを次のように変形する。

    ③仁王が彫れないのは、「自分のせい」か、「木のせい」か。

 複数の選択肢を提示して生徒に選択させる、という発問は、思考を活性化させるために有効である。人間の思考は、物事の対比において、差異線をなぞるようにしか成立しないからだ。もちろん結論がどちらかを決定しようとしているわけではない。どちらが適切だろうか、と考えることで、文中から根拠となるべき情報を読み取ろうとするのである。それが思考を活性化させる。そのインセンティブを導引するには、問いという形式は有効だし、とりわけ選択肢のある問いは、生徒の思考を読解に向かわせる。
 本文は「明治の木にはとうてい仁王は埋まっていない」といっているのだから、「木のせい」というのが素直な答えだが、どうもすんなりと納得はしがたい。「明治の木には…埋まっていない」というのはなんとなく無責任に過ぎるような気もして、ではどういう意味で「自分のせい」だと言えるかと考えると、ことはそれほど簡単ではなさそうである。実際に印象のみを二択で聞いてみると、生徒の意見は分かれる。
 この問いをさらに微分すると、「明治の木にはとうてい仁王は埋まっていない」とは「運慶には彫れるが自分には彫れない」ということなのか「鎌倉時代の木には仁王が埋まっているが明治の木には埋まっていない」ということなのか、と言い換えることができる。これはつまり「運慶にも、明治の木から仁王を掘り出すことはできないのか?」という問いを背後に隠し持っているということになる。
 ②についても例えば次のように選択的な問いに変形することができる。

    ②x「運慶が今日まで生きている理由」とは「運慶にとって自分が今日まで生きている理由」なのか、「我々(語り手)にとって運慶が生きている理由」なのか。
    ②y「運慶が今日まで生きている理由」とは「今日まで生きていられた理由」なのか、「生きていなければならない理由」なのか。

 これらは単に日本語の解釈の可能性を押し広げて創作した問いだ。xとyの組み合わせで4つの解釈ができる。「運慶が考える、自身が生きていられる理由」「運慶が考える、自身が生きていなければならない理由」「運慶が生きていられると『自分』が考える理由」「運慶は生きていなければならない、と『自分』が考える理由」である。ニュアンスを細分化することで、ここで明らかにしなければならないことを互いに共有する。
 といって、どれかを排他的に正解とすることを目指すのではない。やはり、どちらであるかを考えることが、思考を推し進めていくことに資すれば良い。

 さて③における「明治の木」は、なぜ「明治の」でなければならないのか。仁王を堀り出せないのは、それが「明治の」木であったからだ。だが、例えば「鎌倉時代の木」からならば「自分」にも仁王が掘り出せるのだろうか。そもそも護国寺の山門で今しも運慶が刻んでいるのは、いったいいつの木なのだろうか。「鎌倉の木」か。それが「明治の木」だったなら、運慶にも仁王を彫ることは適わないのだろうか。
 そう考えてみると、「明治の木」とはそもそも、明治人であるところの「自分」が彫っている木のことなのかもしれない。たとえ運慶でも「明治の木」からは仁王が掘り出せないのだ、ということではなく、運慶が掘ればそれはすなわち「鎌倉の木」ということになるのかもしれない。
 つまりそれは「自分」という個人の問題ではなく、明治の人間としての「自分」の問題である。とすれば③は「自分のせい」だと言っても「木のせい」だと言っても同じことになる。問題は「明治」という時代なのである。
 そこでさらなる誘導として、次のような直裁的な問いを投げかける。

    ④明治とはどういう時代か。

 たとえば「こころ」で言及される「明治」という時代について考察することは、高校生一年生には手に余る問題だ。それは人類史にとっての「近代」の問題である。
 だがここでの「明治」は日本史にとっての江戸の終焉に続く特殊な時代のことである。つまり生徒には、まず「黒船」「開国」「維新」「文明開化」などが想起されれば良い(もちろんそれも、ひいては世界史の「近代」の問題に敷衍できるだろうが)。

 時間に余裕があれば補助的に次のような問いを投げかけてもいい。

    ⑤見物人はどのような存在として描かれているか。

 作品細部の描写には、作品をどのようなものとして成立させたいかという作者の意図が表れている。これもまた「解釈」するための重要な要素として取り上げるに値する。

 もうひとつ聞いておきたいことがある。「運慶」とはそもそも何者か。

    ⑥この小説における「運慶」とはどういった存在か、何を象徴するか?

 鎌倉時代の実在の人物が明治という時代に現れるという設定は、夢らしい荒唐無稽さであるというより、むしろ小説としての意図がありそうである。それを明確に語ることこそこの小説の主題を語ることにほかならない。
 だが「どういった」という問いはどこをめざして考察すればいいのかがはっきりしない。考えあぐねているようならば、たとえば「何の象徴か」と聞く。名詞(名詞句)を挙げさせるのである。
 「運慶は見物人の評判には委細頓着なく」「眼中に我々なし」といった描写から、見物人は運慶を見ているが、逆に運慶からはこちらが見えていないのではないか、と言った生徒がいたが、こうした発想は面白いものの、どこにたどりつくのか、今のところ筆者にはわからない。それより注目させたいのは次の一節である。
 運慶の仕事ぶりについて見物の若い男が「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あのとおりの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。」と語る。運慶が象徴しているものとは、運慶自身というより、このように表現される行為そのものである。
 こういった表現は、ある種の「芸術」創造についての語り口として見覚えがある。そこでの芸術作品は「天啓」として降りてくるのであり、芸術家は神の声を聴く預言者である。作品は彼自身が作ったものではなく、彼の手を通じて神が地上にもたらしたのである。
 とすれば運慶は「芸術家」であり、また「芸術」あるいは「芸術創造」の象徴、ということになる。
 だがこうした言い方は、筆者には芸術創造についての神話、神秘思想とでもいったもののように思える。それよりも、運慶が迷いなく仁王を掘り出せるのは、何万回と重ねてきた技術の研鑽の結果ではないか。それが見る者に神秘的な技と見えるほどに高められた熟練の技術の賜物なのではないか。
 こうした疑問を、次のような選択肢のある問いに言い換えてみる。

    ⑥ここに登場する「運慶」は、「芸術家」か「職人」か?

 迷いなく仁王を彫れるのは運慶が芸術家だからなのか、熟練した職人だからなのか。これは裏返していえば、「自分」に仁王が彫れないのは、「自分」が芸術家ではないということなのか、職人ではないということなのか、ということだ。運慶と「自分」の違いとは何なのか。
 運慶と「自分」の違いを考えさせる上で補助的に付け加えるとよいのは、「芸術家」「職人」それぞれが備えていて「自分」に具わっていないものは何か、という問いである。例えばどちらも二字熟語で答えよ、と指示する。
 ただちに想起されるのは「芸術家=才能/職人=技術」といったところだ。
 むろん「自分」は芸術家でも職人でもない。天才を有しているわけでもないし、熟練の技術を持っているわけでもない。だが、なぜか「自分」は、いったんは自分にも仁王が彫れるはずだと思い、彫れない理由を「明治の木には仁王は埋まっていない」からだと考える。したがって物語上は、ここから遡って運慶が仁王を掘り出せる必然性を考えるしかない。つまり、明治に失われたのは、芸術家の天才なのか職人の技術なのか。
 だが、「芸術家」とは才能を持った者、「職人」は技術を身につけた者と捉えることには、それほど発展的な思考は期待できない、と筆者は考えている。「自分」にそれらが欠けているのは自明なことである上に、「明治の木には」という限定が意味をなさないからである。
 「才能/技術」以外に想起されるものはないか。「文化」の声が生徒から挙がる。確かに「明治」という時代と結びつけて考察するなら、「才能/技術」よりは「文化」の方が発展性がありそうだ。だが「芸術的才能」「職人的技術」それぞれがそれぞれの形で「文化」を形成している。どちらかについてさらに別の方向から捉えることはできないか。

 いくつかの問いは、相互の意見の出し合いの中で考える糸口になればよい。そして頃合いを見計らってある種の見通しを提示する。
 上記の通り、②を最後に語るとして、③については選択的な正解などなく、問題は「明治」という時代なのだと筆者は考えている。④は「文明開化」が想起されればいいし、⑤は「自分」同様「明治人」として造形されていると考えられる。
 ⑥について筆者は、運慶を「職人」として読む方が整合的だと考えている。「職人」たる運慶が備えているものは何か。全体の解釈の整合性の中で、それに思い至る生徒は必ずいる。「伝統」である。
 筆者の提示する見通しはこうだ。この運慶は時代を超越するような形で出現する天才芸術家ではなく、熟練した職人として描かれている。運慶の仕事ぶりが芸術家としての創作だとしたら、③の問いの「明治の木には」という限定に何の意味があるのかがわからない。そうではなく、それを伝統的な職人技の発現としてのルーチン・ワークだと考えることによって「明治の」という条件が理解できる。
 職人の技術とは、単に繰り返した修練によって彼個人が体得した技術、というだけではない。それはその技を磨き上げてきた数知れない先人の営みの分厚い積み上げの上に成り立つものだ。運慶が体現しているのは、そうした職人集団の伝統なのである。
 もちろん、芸術家と職人を区別すること自体が近代的な発想ではある。近代以前には芸術作品と工芸品に区別はなかったかもしれない。時代を画したかに見える天才の残した「芸術」作品にも、実は職人集団の技術の蓄積がある。だからそれを、ある種の神秘思想のように、「天啓」として語るのをやめるならば運慶が芸術家か職人かという問いには意味がなくなる。それは同じことだ。問題は運慶が伝統を引き継ぐ者である、という点である。
 こうした読みは、「第六夜」全体の主題の設定、①の問いとどう対応するか。
 「第六夜」の主題は「西洋文明の流入によって、それ以前の文化や伝統が失われつつある『明治』という時代」とでもいったようなものだと筆者は考えている。⑤についても、車夫と中心とする見物人の造形を、「芸術を理解しない無教養な人々」として理解するような議論を目にすることがあるが、それよりむしろ「古い文化を失いつつある明治の人々」として読むべきだと思う。
 とすると、②の問いはどう考えたらいいのだろう。「開化」という名の文化的な断絶を経験する時代状況において「運慶が今日まで生きている理由」とは何か。「自分」は「なぜ生きていられるか」「なぜ生きていなければならないか」どちらの理由に納得したのか。
 これもまたどちらと言ってもかまわないのだが、上記の読解に従って言えばどちらかといえば、「生きていられる」という言い方に馴染むのは運慶を芸術家として見る読解であり、「生きていなければならない」という言い方は運慶を職人として見る読解に整合的であるように思える。運慶が天才芸術家であればこそ、時代を超越して明治の「今日まで生きていられる」のであり、伝統を継承する職人だからこそ「今日まで生きていなければならない」のである。
 そしてそれは運慶がそう考えているのではなく、やはり我々が運慶に託した期待である。我々が運慶に生きていてほしいと思っているのである。
 そのとき運慶は、時代を越えて継承されるべき伝統文化の象徴である。

 こんなふうに「第六夜」の主題を捉えた時、次の一節も意味あるものとして物語の文脈に位置づけられる。

    裏へ出てみると、先だっての暴風(あらし)で倒れた樫を、薪にするつもりで、木挽きに挽かせた手ごろなやつが、たくさん積んであった。

 こうして積まれたものが「明治の木」というわけだが、この「先だっての暴風」とは何のことだ? とは是非聞いてみたい。
 もはや明らかである。「暴風」とは1853年の黒船来航に続く幕末の動乱とそれに続く文明開化のことに他ならない。西洋文明の流入は、「あらし」のように日本文化を薙ぎ倒したのである。
 仁王の埋まっていない「明治の木」を物語に登場させる際にさりげなく冠せられたこのような形容を、漱石が意識せずに書き付けているはずはない。全体を貫く論理が見えてきた時にのみ、その意味がわかるように、漱石はさりげない形容として、仁王の埋まっていない「明治の木」の来歴を語るのである。

 さて、繰り返すがこうした「解釈」を「学習内容」として「教える」ことが授業の意義だと考えているわけではない。これは「第六夜」の「正解」なのではなく、あくまでこの小説についての、私の納得のありようなのだ、と生徒には言っておく。

 続く 「夢十夜」の授業2 ~「第一夜」は解釈しない
    「夢十夜」の授業3 ~「第一夜」も解釈する

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