人気記事を書きたくて、記事を捏造していた記者の話だと事前に知っていたから、意外な展開、というような驚きなしに観てしまったのは、いささか残念ではあった。
記事の信憑性に疑いが生じていく過程で、これがどこまで意図的な捏造なのか、ただ裏をとることを怠っていたために情報の提供者の言うことを真に受けてしまっただけなのか、という決着の行方に、もうちょっと観客が迷う余地があった方が良かったが、それもまあ事前の知識があったためだろうか。
どうも早々に、これは全部捏造なんだろうな、という感触があって、たぶんそれは映画製作者の意図的なものだ。捏造なんだろうに、なんでこいつはこんなに「ほんとだ。なんで信じてくれないんだ。」って、泣いてまで言い張るんだ、とむしろその虚言癖のそら恐ろしさに感じ入るのが正しい受け取り方なのかもしれない。
展開を見せる映画的描写はすこぶるうまく、こういう映画が量産される米映画の層の厚さにはやはり感心してしまう。
真実を追究するジャーナリズムの使命、などというテーマも、もちろん垣間見られはしたが、まあそちらに重きが置かれているわけではないようだ。
それよりも、最初は記者たちから反感をかっている編集長が、主人公の捏造を暴く過程で自分の責任を果たそうと努める誠実さと、それを記者たちが認めていく展開が面白かったが、最後にその編集長の行いが拍手喝采で記者たちに認められてしまう極端さは、もしかしたら、そんなふうな美談もまた本当に真実かどうか疑わしいという皮肉なのかもしれない。
だからうっかりその拍手にカタルシスを感じてはいけない。
2018年4月7日土曜日
2018年3月29日木曜日
『ソロモンの偽証』 -人間を描かない人工物としての映画
引っ越しというイベントがあったせいですっかり映画を観るようなまとまった時間がとれずにいた。
その間にも録画してあったものもあり、とりあえず、もうすぐ一人暮らしを始める娘がうちにいるうちに観てしまおうと『ソロモンの偽証』前後編を一気に。
宮部みゆきの原作がつまらないわけはないだろうと信頼していたし、映画も、評価の高かった『八日目の蝉』の成島出だし、というような期待が毎度だめなんだよなあ。
観始めてしばらくすると、もうだめだ、ということがわかってくる。
この監督は人間をちゃんと見ていない、ということがわかってくる。映画的にありがちな情緒を描くことを優先して、人間を描いていない映画なのだということがひしひしとわかってくる。
それでも宮部みゆきは裏切るまい、と前編を見終えたところですっかり意気消沈した気分を励まして、後編を観た。映画的にはだめだろうが、物語のミステリー的興味は満たされるんだろうと思ったのだった。
それにしてもだ、いったい何を期待すればいいのか、まるでわからないまま後編に流れ込むのはどういうわけだ。事件に何か謎の部分がありそうには思えない。警察が自殺と結論した転落死事件を、殺人ではないかなどと疑う要素は観客にはない(登場人物たちにはあるらしいが、観客から見れば、単に噂話に振りまわされる愚かな人にしか感じられない)。そしてそのどんでん返しがあるのではないかという期待もさせない。それでいったいどんな「想像もできない真実」があるのだろうと、逆に期待してしまった。
そして見事に裏切られた。驚くようなことは何も起こらないのだった。いじめの当事者を告発する場面の激情も、いじめられていた者の保身による偽証も、とりわけ緊迫感を感じさせるようなものではなく、裁判の首謀者による自己告発が結末に訪れるに至っては、何をベタな自己憐憫の茶番だ! と怒りさえこみあげた。
しかもそんなことで、このどこまでも茶番な裁判が、何事か良かったのだと満足気に受け止められているようなのだ。どこが? 何をしたかったのかという動機もわからないまま盛り上がって実行に移された裁判だったが、どこにカタルシスを生ずるような展開を認めればいいのかわからなかった。
だがネット評では、原作からしてすでにそうらしいのだ。では一体何を期待して映画を観ればよかったのか? ともかくも人間ドラマ? それにしてはこの監督はあまりに「人間」を描けないのだった。
そして、どこの観客がこれに面白さを感じているのだ。「キネ旬」8位って、なんだよ!?
その間にも録画してあったものもあり、とりあえず、もうすぐ一人暮らしを始める娘がうちにいるうちに観てしまおうと『ソロモンの偽証』前後編を一気に。
宮部みゆきの原作がつまらないわけはないだろうと信頼していたし、映画も、評価の高かった『八日目の蝉』の成島出だし、というような期待が毎度だめなんだよなあ。
観始めてしばらくすると、もうだめだ、ということがわかってくる。
この監督は人間をちゃんと見ていない、ということがわかってくる。映画的にありがちな情緒を描くことを優先して、人間を描いていない映画なのだということがひしひしとわかってくる。
それでも宮部みゆきは裏切るまい、と前編を見終えたところですっかり意気消沈した気分を励まして、後編を観た。映画的にはだめだろうが、物語のミステリー的興味は満たされるんだろうと思ったのだった。
それにしてもだ、いったい何を期待すればいいのか、まるでわからないまま後編に流れ込むのはどういうわけだ。事件に何か謎の部分がありそうには思えない。警察が自殺と結論した転落死事件を、殺人ではないかなどと疑う要素は観客にはない(登場人物たちにはあるらしいが、観客から見れば、単に噂話に振りまわされる愚かな人にしか感じられない)。そしてそのどんでん返しがあるのではないかという期待もさせない。それでいったいどんな「想像もできない真実」があるのだろうと、逆に期待してしまった。
そして見事に裏切られた。驚くようなことは何も起こらないのだった。いじめの当事者を告発する場面の激情も、いじめられていた者の保身による偽証も、とりわけ緊迫感を感じさせるようなものではなく、裁判の首謀者による自己告発が結末に訪れるに至っては、何をベタな自己憐憫の茶番だ! と怒りさえこみあげた。
しかもそんなことで、このどこまでも茶番な裁判が、何事か良かったのだと満足気に受け止められているようなのだ。どこが? 何をしたかったのかという動機もわからないまま盛り上がって実行に移された裁判だったが、どこにカタルシスを生ずるような展開を認めればいいのかわからなかった。
だがネット評では、原作からしてすでにそうらしいのだ。では一体何を期待して映画を観ればよかったのか? ともかくも人間ドラマ? それにしてはこの監督はあまりに「人間」を描けないのだった。
そして、どこの観客がこれに面白さを感じているのだ。「キネ旬」8位って、なんだよ!?
2018年2月25日日曜日
『パニック・トレイン』 ー過剰な期待をしなければ
まあ、ものすごく期待していたわけではない。要するに列車が暴走して、中にいる人たちが無事に助かるかどうかをハラハラドキドキして見守るサスペンス、シチュエーション・スリラーもしくはパニック映画なんだろうという前提で見ていた。そしてそのとおりだった。
乗客が少ないこと、列車の外側の救助活動をほとんど描かないことで、テーマのわりに低予算映画であることの弱点を補っていた。その分、限られた乗客の人間ドラマをたっぷり描かなければならないわけだが、その点の評価は甚だしく高いわけではないが、ものすごく低いわけでもない、といったところだった。
犯人像が結局描かれないまま、途中推測として語られる犯行動機、自殺説を覆す事実が明らかにならないまま物語が終わるのも拍子抜けとはいえ、それもまた救助活動などと同じく、物語を重層的に描くためにはあった方がいいが、無ければ無しで終えてもいい。問題は何があるか、だ。
主人公のシングルファーザーと女性乗客のロマンスとか、対立していた乗客同士がその後、協力関係を築いていくこととか、車外に身を乗り出しての作業とか、それぞれに見所を作っているが、その中でも、わずかな停車のタイミングで幼い息子を車外に出す決断の是非をめぐるやりとりはなかなかの緊迫感だった。
列車が止まらないまま最悪の事態を迎えることを考えれば、危険なトンネル内で息子を降車させることを選ぶ主人公の選択はわかる。子供がふらふらと線路を歩いて後続の列車にはねられることを考えれば、降ろすのも危険な賭けだ。子供は怖がって降りようとしない。無理にでも降ろそうとする父の焦燥もわかる。
数少ない乗客の一人である老婆があっさり心臓麻痺で死んでしまうことや、緊迫した時間を過ごしているはずなのに、そのなかにどうにも弛緩した時間が経過してしてしまうことなど、不満もあるが、全体としては、期待せずにテレビで観るには悪くない映画だった。
乗客が少ないこと、列車の外側の救助活動をほとんど描かないことで、テーマのわりに低予算映画であることの弱点を補っていた。その分、限られた乗客の人間ドラマをたっぷり描かなければならないわけだが、その点の評価は甚だしく高いわけではないが、ものすごく低いわけでもない、といったところだった。
犯人像が結局描かれないまま、途中推測として語られる犯行動機、自殺説を覆す事実が明らかにならないまま物語が終わるのも拍子抜けとはいえ、それもまた救助活動などと同じく、物語を重層的に描くためにはあった方がいいが、無ければ無しで終えてもいい。問題は何があるか、だ。
主人公のシングルファーザーと女性乗客のロマンスとか、対立していた乗客同士がその後、協力関係を築いていくこととか、車外に身を乗り出しての作業とか、それぞれに見所を作っているが、その中でも、わずかな停車のタイミングで幼い息子を車外に出す決断の是非をめぐるやりとりはなかなかの緊迫感だった。
列車が止まらないまま最悪の事態を迎えることを考えれば、危険なトンネル内で息子を降車させることを選ぶ主人公の選択はわかる。子供がふらふらと線路を歩いて後続の列車にはねられることを考えれば、降ろすのも危険な賭けだ。子供は怖がって降りようとしない。無理にでも降ろそうとする父の焦燥もわかる。
数少ない乗客の一人である老婆があっさり心臓麻痺で死んでしまうことや、緊迫した時間を過ごしているはずなのに、そのなかにどうにも弛緩した時間が経過してしてしまうことなど、不満もあるが、全体としては、期待せずにテレビで観るには悪くない映画だった。
2018年2月12日月曜日
『ニンゲン合格』-これで「合格」と言われても
比較的初期の作品だが、観始めてすぐに既視感を覚えるほどに黒沢演出のリズムはこの時期、既に確立している。10年の昏睡から覚めてリハビリを始めた主人公が、次のカットではスイスイと歩いている、物事の始まりか途中を見せて、その後で時間を飛ばしてテンポよく展開を見せる。
が、ドラマ的にそれはどうなのか。どうみても10年の昏睡から覚めるという設定にリアリティを与えるようには描かれていない。事態の間の描写の欠落は、なんとなく洒落た感じを醸し出しつつ、実はリアリティの欠落にも通じている。
まあ問題はそこではなくて離散した家族を取り戻すことなのだろう。長い昏睡から覚めるという特殊な設定から派生するドラマを描くことではなく、この映画で描かれるのは「失われた家族」なのだ。家族の象徴としての、かつて家族で経営していたポニー牧場の再建。もちろんそこにもリアリティはない。
だから牧場の再建がリアリティをもっていないことを批判してもしかたがないのかもしれない。それが幻想であることは最後の崩壊によって自覚的に示されているのだが、それでいて「俺、存在した?」という主人公の科白とか「ニンゲン合格」という題名とか、あまりにあからさまで恥ずかしい。「存在した?」と問われて「お前は確実に存在した」と答える役所広司の演技がいくらうまくても、観ているこちらにはちっとも存在している気がしなかったし、これが人間として合格だと言われてもなあ、と。
リアリティのある生活が描かれて、その上にちょっとしたお伽噺のトッピングがあるのなら、それが観る者の生きる糧にもなるものを。
画としては、何とも言えず何とも言えないある「世界」を描き出すのがうまい監督ではある。「アカルイミライ」のエンドの妙な俯瞰による長回しも、この映画の最後の葬式の参列者を捉える微妙な俯瞰ショットも。
「変な映画」としてやはり心に残るものの、それでやたらに有り難がるのも俗悪にも思える。
が、ドラマ的にそれはどうなのか。どうみても10年の昏睡から覚めるという設定にリアリティを与えるようには描かれていない。事態の間の描写の欠落は、なんとなく洒落た感じを醸し出しつつ、実はリアリティの欠落にも通じている。
まあ問題はそこではなくて離散した家族を取り戻すことなのだろう。長い昏睡から覚めるという特殊な設定から派生するドラマを描くことではなく、この映画で描かれるのは「失われた家族」なのだ。家族の象徴としての、かつて家族で経営していたポニー牧場の再建。もちろんそこにもリアリティはない。
だから牧場の再建がリアリティをもっていないことを批判してもしかたがないのかもしれない。それが幻想であることは最後の崩壊によって自覚的に示されているのだが、それでいて「俺、存在した?」という主人公の科白とか「ニンゲン合格」という題名とか、あまりにあからさまで恥ずかしい。「存在した?」と問われて「お前は確実に存在した」と答える役所広司の演技がいくらうまくても、観ているこちらにはちっとも存在している気がしなかったし、これが人間として合格だと言われてもなあ、と。
リアリティのある生活が描かれて、その上にちょっとしたお伽噺のトッピングがあるのなら、それが観る者の生きる糧にもなるものを。
画としては、何とも言えず何とも言えないある「世界」を描き出すのがうまい監督ではある。「アカルイミライ」のエンドの妙な俯瞰による長回しも、この映画の最後の葬式の参列者を捉える微妙な俯瞰ショットも。
「変な映画」としてやはり心に残るものの、それでやたらに有り難がるのも俗悪にも思える。
『フラットライナーズ』-サスペンスとしてもドラマとしても中途半端
公開当時はテレビで宣伝もされていたが観る機会もないまま28年経って。
医大生たちが臨死体験をする実験によって、過去のトラウマに襲われるようになるという、SFだかサスペンスだかホラーだかわからない話。
キーファー・サザーランドにジュリア・ロバーツという豪華キャストの中で、お目当てはもちろんケビン・ベーコンだが、なんともはや堂々たる主役と言っていい。大人しく周りに流されるより自分の判断で咄嗟に動ける行動力を持ち、堂々と正しいことを言いつつ情にも厚い。その上かっこいいときてる。たとえエンドロールの筆頭がキーファー・サザーランドであろうとも主役はこちらだろ。
さて、なんともはや中途半端な映画だった。怖くはない。先が気になるところもあったが、さりとて大した驚きがあるでもなく。監督のジョエル・シュマッカーは、そういえば『ブレイクアウト』の放送時は「巨匠」と称されていたが、どちらも似たような感触の映画だ。
人間関係やら人となりやら、最初のうち、どうしようもなく説明不足だと思えたのは放送上のカットがあったのかもしれないが、幻想シーンになるといきなり、あまりにちゃちい赤い照明で画面がショッキングピンクになるのは興ざめだった。もうちょっと深みのある色合いで、しかも微妙な違和感、くらいにとどめてほしいものだ。
そうした画面作り同様、ドラマとしてもわかりやすい、わかり易過ぎるトラウマとその克服、という作りに、どうもひねりがなさ過ぎる。ここは恐怖演出というより、ドラマとして描き込んでほしいところだった。確かにケビン・ベーコンの対決すべき過去は、子供の頃のいじめについての後悔、くらいのもので、それを現在の相手に会うことによって乗り越えるくだりにはそれなりのカタルシスはあるが、そもそもがトラウマなどではないのだから、なぜそれがこの特殊な設定によって呼び出されるのかもわからない。キーファー・サザーランドの件については、ただもう蘇生することとトラウマ克服が重ねられているだけで、それがどういう理屈なのかもわからない。
ジュリア・ロバーツのウエストの細さと、ケビン・ベーコンの少年時代を演じた子役があまりにぴったりだったことに感動したくらい。
医大生たちが臨死体験をする実験によって、過去のトラウマに襲われるようになるという、SFだかサスペンスだかホラーだかわからない話。
キーファー・サザーランドにジュリア・ロバーツという豪華キャストの中で、お目当てはもちろんケビン・ベーコンだが、なんともはや堂々たる主役と言っていい。大人しく周りに流されるより自分の判断で咄嗟に動ける行動力を持ち、堂々と正しいことを言いつつ情にも厚い。その上かっこいいときてる。たとえエンドロールの筆頭がキーファー・サザーランドであろうとも主役はこちらだろ。
さて、なんともはや中途半端な映画だった。怖くはない。先が気になるところもあったが、さりとて大した驚きがあるでもなく。監督のジョエル・シュマッカーは、そういえば『ブレイクアウト』の放送時は「巨匠」と称されていたが、どちらも似たような感触の映画だ。
人間関係やら人となりやら、最初のうち、どうしようもなく説明不足だと思えたのは放送上のカットがあったのかもしれないが、幻想シーンになるといきなり、あまりにちゃちい赤い照明で画面がショッキングピンクになるのは興ざめだった。もうちょっと深みのある色合いで、しかも微妙な違和感、くらいにとどめてほしいものだ。
そうした画面作り同様、ドラマとしてもわかりやすい、わかり易過ぎるトラウマとその克服、という作りに、どうもひねりがなさ過ぎる。ここは恐怖演出というより、ドラマとして描き込んでほしいところだった。確かにケビン・ベーコンの対決すべき過去は、子供の頃のいじめについての後悔、くらいのもので、それを現在の相手に会うことによって乗り越えるくだりにはそれなりのカタルシスはあるが、そもそもがトラウマなどではないのだから、なぜそれがこの特殊な設定によって呼び出されるのかもわからない。キーファー・サザーランドの件については、ただもう蘇生することとトラウマ克服が重ねられているだけで、それがどういう理屈なのかもわからない。
ジュリア・ロバーツのウエストの細さと、ケビン・ベーコンの少年時代を演じた子役があまりにぴったりだったことに感動したくらい。
2018年2月11日日曜日
aikoの「花火」と「アンドロメダ」を同時に聴く
前回の「決戦は金曜日」と「Let's Groove」を同時に聴くの第二弾。
とはいえ、音源自体はもう10年近く前に作ったものだが、YouTubeで集めた映像を合わせてみると、また面白さも新たになる。残念ながら曲全体に合う映像はなくて「アンドロメダ」の2番は映像と音が合ってない。
前回のアース・ウィンド・アンド・ファイアーと違って、今のところ著作権的なクレームは来てない。
とはいえ、音源自体はもう10年近く前に作ったものだが、YouTubeで集めた映像を合わせてみると、また面白さも新たになる。残念ながら曲全体に合う映像はなくて「アンドロメダ」の2番は映像と音が合ってない。
前回のアース・ウィンド・アンド・ファイアーと違って、今のところ著作権的なクレームは来てない。
2018年2月4日日曜日
『サバイバー』-ミラ・ヨボビッチの面目躍如
ミラ・ヨボビッチ主演の大作なのに、聞いたことがない映画だった。ヒットしなかったのな。『Vフォー・ヴェンデッタ』が好きだったジェームズ・マクティーグ監督なので観てみる。
「サバイバー」って題名はどういうことか予想できなかったが、9.11テロの生き残りって意味なんだ。そしてその後のテロを防ぐために体を張る公務員の活躍を描く。
いや、それなりによくできていると思う。テンポ良く次々と襲う危機にテキパキと対処しながら、テロを防ぐために攻めにさえ転ずる。ミラ・ヨボビッチを起用した甲斐あっての面目躍如たる活躍ぶり。
ただ、アメリカ的愛国心はわかるが、それが他国民に共感されるほどにはウェットな描き込みがされていなくて、単なるポリティカル・サスペンス・アクションといった体で終わってしまったのと、最後の最後で世界的に有名な殺し屋と一対一で肉弾戦の展開になってしまうのはいただけなかった。それはいくらなんでも無理だろ。『バイオハザード』のアリスならともかく。そんなのはブルース・ウィリスでぎりぎりだ。
そういう展開にしないで決着つけないと主人公の「活躍」感が足りないと思ったのだろうが、結局それで無理やり感がにじみ出てリアリティを損なっていたと思う。
「サバイバー」って題名はどういうことか予想できなかったが、9.11テロの生き残りって意味なんだ。そしてその後のテロを防ぐために体を張る公務員の活躍を描く。
いや、それなりによくできていると思う。テンポ良く次々と襲う危機にテキパキと対処しながら、テロを防ぐために攻めにさえ転ずる。ミラ・ヨボビッチを起用した甲斐あっての面目躍如たる活躍ぶり。
ただ、アメリカ的愛国心はわかるが、それが他国民に共感されるほどにはウェットな描き込みがされていなくて、単なるポリティカル・サスペンス・アクションといった体で終わってしまったのと、最後の最後で世界的に有名な殺し屋と一対一で肉弾戦の展開になってしまうのはいただけなかった。それはいくらなんでも無理だろ。『バイオハザード』のアリスならともかく。そんなのはブルース・ウィリスでぎりぎりだ。
そういう展開にしないで決着つけないと主人公の「活躍」感が足りないと思ったのだろうが、結局それで無理やり感がにじみ出てリアリティを損なっていたと思う。
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