2018年1月1日月曜日

『エイプリル・フールズ』-こんな杜撰な設計図で

 『キサラギ』で俄然注目を集めた(我が家の中で)古沢良太は、その後『鈴木先生』のドラマと映画、『リーガル・ハイ』『デート』と追っているので、このまま当分は注目を続けてみる。
 と思ってはいるのだが、これはだめだった。
 観始めてすぐにあまりに弛緩した演出にがっかりしてしまう。『スティーブ・ジョブズ』を観た後では、こういうテレビ局がらみのメジャー作品にありがちな、細部のリアリティをいい加減にして、とりあえずの「面白可笑しい」雰囲気だけを作ろうとしてますという思惑だけが透けて見えてしまうようで。
 と思ったら『リーガル・ハイ』の演出家なのか。これもテレビドラマと思って見ると許容できるのかもしれない。そこでマイナスせずに楽しいところを探して。だが映画としてはまともに観ていられないレベルであることはどうしようもない。
 寺田進の父親エピソードや、主人公の戸田恵梨香の対人恐怖症に対する救いが、いくぶんのシリアスな「感動」を表現しようとしているのはわかるが、そこに素直に感動するためにはもうちょっと真面目に観させてほしい。他の部分の不真面目さが、真面目な場面を白けさせてしまう。残念だ。
 演出だけでなく、そもそもの鑑賞動機だったはずの脚本にも感心しなかった。まるで関係のないいくつかのエピソードが関連していくという趣向は、基本的には楽しくなりうる仕掛けではある。それは、とにもかくにも「うまい」と言わせるような精巧な構築物である必要がある。その点にしても古沢良太にして、この杜撰な構成はどうしたことかというストーリーラインだった。同性愛に目覚める男たちとか、UFOを待ち望む中学生とか、それ自体が味わい深いわけでもないエピソードが、それでも全体のエピソード間の連関の中で必要なパーツであるというようなしかけもなく、単に時間の無駄と思わせるようなエピソードの羅列になっていた。
 こういう、プロットの段階で練り込みが必要な作業は、ハリウッドに倣ってチームで当たるべきではないかと思うのだが、古沢良太のような「売れっ子」となると、立場上そうはいかないことになるんだろうか。それにしても巨額な費用のかかる映画という作り物にして、こんな杜撰な設計図で全体が動き始めるのはいかにももったいないと思われる。

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