2020年12月31日木曜日

『アーヤと魔女』-裏返しの期待を確認する

  もちろん宮崎吾朗に期待はしていない。それどころかまるでそれを確認するためだけに見ているようなことになっている。そしてやはりそのとおり確認されてしまうのだった。

 こういう設定で、こういう物語で、父親ならばきっとそこら中が面白いと思える描写をするのだろうといちいち思わされる。

 比較が可能な、どこかで見た物語の感触だからこそ、だ。「魔女」ときて「宅急便」や「ハウル」を連想しないはずはない。そして、あれらは全体として不満があるにもかかわらず、細部の描写はやはり手堅く面白いのだった。

 それがない息子の作品は、才能と言えば身も蓋もないが、まずは人間をどれほど愛おしいものとして見ているか、というあたりに差がありそうな気がするのだ。

2020年12月29日火曜日

『残酷で異常』-小品

  ループ物でもあり、SSSっぽくもある。アマゾンビデオで評価が高く、それほど長くもないので。

 悪くない。謎めいた展開も、最後の微妙なハッピーエンドぶりも、悪くない。

 が、とても面白かったと思えるようなサスペンスやカタルシスがあったとも言えない。同じ低予算映画としては『トランスワールド』や『ランダム』の満足感の方が高かった。が、まあこういうのは偶然のようなもので、本作とて作り手の誠意は大いに感じた。

2020年12月26日土曜日

『ねらわれた学園』-美しく気持ちの悪いアニメ

  懐かしのNHKの少年ドラマシリーズだし、たぶん原作も読んでいるのだが、完全に『なぞの転校生』と混同していた。しかし大林宣彦の角川映画はやはりこちらなのだった。そういえばあれは本当にひどくて、作り手の正気を疑うほどだと当時思ったが、今観てもそう思うのだろうか。

 さて、本作は中途半端なSF設定に、学校への携帯電話持ち込みの是非を大仰なテーマとしてからめ、全体は思春期の少年少女の恋愛物語という、これもまた大林とは別の方向に迷走した作品だった。

 一方で美術の自然描写は美しく、やたらと花びらが画面に流れ、虹色の光が差し、人物の動きは作画の質が高い。つまりアニメーション映画としてはきわめて完成度が高い。

 さらにまた一方で人物の描写は、あきれるようなアニメ的デフォルメ過多な演出がされている。感情の動きが極端で現実感がない割に、実に精妙に、繊細に描かれている。滑稽だったり胸キュンだったり。こういうのを、気持ちが悪いとは感じないのだろうか、中村亮介は。本人がそれを作りたいと望んでいるのか、そういうのをファンが求めているはずだと思っているのか。どうも謎だ。

 大林宣彦のは本人の趣味なんだろうけど。

2020年12月20日日曜日

『サカサマのパテマ』-眩暈のする世界観

 重力の方向が逆になった人や物が地下にいて、その世界とこの世界が交錯するという物語設定は、とにかくそこに科学的な説明をする気もないらしいトンデモ設定なのだが、しかしビジュアル的には眩暈のするような実に魅力的な世界観だった。

 ストーリー的にも起伏に富んだ脚本がよくできていて、ボーイ・ミーツ・ガールが安易すぎるのと、ヒロインがそれほど魅力的でないのと、悪の支配者がステロタイプすぎるのが残念ではあったが、アニメーション映画としては相当に質の高い一作だった。


2020年12月15日火曜日

『運び屋』-自由で頑固

 ちょっと間が空いたが、クリント・イーストウッド監督作。かつ80代後半に入ってなお主演作。

 全体の印象は10年前の『グラン・トリノ』に似ている(そしてそちらでもうちの父親を連想させたが、こちらではさらに現在の彼を彷彿させる)。脚本家が同じなのだそうだ。

 あの作品でも既に親族にさえうっとうしがられている頑固親父の役だったが、こちらもそうだ。

 同時にその頑固親父が「古き良きアメリカの男」でもあるらしいのも共通している。そこでは相手を罵倒するような軽口が日常会話になっている文化が描かれ、それが明確にある種の文化であるらしいことが示されている。それを口にする相手との関係が重視されていたのだ。

 そこでは、それ故の時代遅れによる家族との齟齬とともに、多分イーストウッドの持ち味だろう、本質的なリベラルさが魅力となっている。

 本作でも、『グラン・トリノ』同様に異文化交流が一つのテーマになっている。それはかなり意識されているらしい。最初の農園ではメキシコ人労働者とスペイン語での軽口をたたく場面があり、「運び屋」として働くのはメキシコマフィアの下でだ。そこで相手を「タコス野郎」と呼ぶ時に、まるで悪気がないらしいのは、その後で道端でパンクした車を持て余している親子を助ける時に相手を「ニガー」と表現してしまうこととか、「兄ちゃん」と呼びかけたバイクのライダーが女性であったりする場面に共通している。頑固なアメリカの白人親父の文化と鋭く対立しそうな価値の多様化の中で、ポリコレなどまるで意に介しないように振る舞う主人公が、その対立自体を乗り越えてしまう自由さをもっているように描かれているのだ。


 最後に捕まってしまうシークエンスでは『パーフェクト・ワールド』的なもうひとひねりを期待してしまった。冒頭に出てきたメキシコ人従業員や、マフィアの構成員で、最初は主人公を嫌っていたが次第に関係を築いていったフリオがもう一度物語に絡んできて、さらに物語が展開するするような、脚本上の工夫があったら、文句なしに名作なんだが。

 そこは残念だが、とにかく途中も終わりも、すこぶる楽しくてしみじみと良い映画だった。

2020年12月13日日曜日

『ハチミツとクローバー』-みんな若い

  マンガを今更ながら読み始めて、これは一体どういうキャスティングで実写化したんだろうと興味が湧いたんだが、観てみると、蒼井優の「はぐみ」が意外とはまっているんで驚く。今では随分と逞しくなってしまったが、14年前にはこんなこともできたんだ。

 櫻井翔も伊勢谷友介も加瀬亮も若い。

 この若さが、今観ると懐かしさとして映画の感触に合っているのかもしれないが、ドラマとしては演出にさしたる工夫もなく、むしろテレビドラマ的軽いお約束で人間が描かれているので、観るほどのこともなく流してしまった。

 ただ、やたらと良い、どこのビートルズフォロワーかと思うような挿入曲が誰かと思って調べてみると菅野よう子のオリジナルだった。

2020年12月12日土曜日

『フレンチ・コネクション』-映画の力が横溢した

  逃げる殺し屋の乗った列車を、線路下の道路を車で追う凄まじいシーンだけはやたらと印象に強かった映画だが、それ以外の部分は、観た覚えがなく、もしかしたら全編を見たかどうかも怪しい。

 あらためて観てみると、まあ説明不足で観る者があれこれ補って考えないとたちまち話がわからなくなる。

 それでも、とにかくジーン・ハックマン演ずるドイルの貪欲な仕事ぶり、執念には迫ってくるものが確かにある。このころ40を超えていたハックマンの、体の動くのも素晴らしい。

 演出や編集も、カットが変わると唐突に場面が変わるぶっきらぼうな編集があるあたりはドキュメンタリータッチでもあり、かと思うとスムーズにカメラが切り替わって、状況を多角的に捉えるあたりの計算された編集の緻密さは職人芸だ。


 そして何よりブルックリンの街並が素晴らしい。路地裏の薄暗さや濡れた路面、郊外らしき取引場所の廃工場の佇まい。

 廃工場の追跡場面は、どうも黒沢清に影響を及ぼしている感じだ(調べればそういう発言はありそう)。カメラは薄暗い部屋にいて、開け放たれたドアから見える向こうの部屋に何かの気配を感じる(むろん勝手に観客がそう想像するように撮られているのだ)。

 やはり映画の力が横溢した傑作なのだとあらためて納得。