2026年3月8日日曜日

『グッドワン』-苦い

 父親とその友人の山登りに付き合う女子高生という設定は稀有というべきか珍しくはないというべきか。父親のアウトドア趣味に家族総じて付き合う習慣の家庭というのはもちろんあるんだろうが、離婚を経て父親の元で暮らす女子高生が、それでも付き合い続けるというのが普通のことなのかどうか。珍しいからこそ題材にされたのかもしれないが。

 とはいえ地味な映画だった。劇的なことは起こらず、一夜の登山行を追って、そこで起こる感情の起伏を描いていく。離婚をめぐる親世代の屈託に対し、悟ったような、妙に醒めたような態度で接する娘は、しかし登山行自体にはつきあっている。娘の鬱屈もあるのだろうが、それが前面に出るよりも、父親たちに対して、時にはできるだけ好意的に、しかし苛立ちや哀しみを覚えつつ接していく過程が、静かに描かれる。

 終盤、不意に娘が親たちを置いて一人で下山してしまう。麓に置いた車で待つうちに、追いついてきた父親が訳を聞くが、娘は明確には答えない。この展開に、一緒に観ていた娘はわけがわからないと言っていたが、これは確かに言葉にするのは難しい感情の機微が描かれているということなのだろう(別に不条理を描こうとしているということではなく)。

 敢えて言葉にすれば、人生を長く続けていても、それほどうまい生き方をできるわけではない中年たちに、怒りと失望を覚え、それを表明しているのだろうとは思う。娘にとって人生の希望や憧れではあり続けられない先達の姿は哀しくも苛立たしい。不機嫌な娘を強くは責められない父親も、それを感じとっている。

 山の景色は美しかったが、苦い映画だった。それでも娘を「グッドワン」と呼ぶことに救いを見出すべきか。


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