片っ端から1話を録り、最初からテーマソングしか確認しないのが大半だが、今クールは3話くらいでやめたのが、『アポカリプスホテル』『ある魔女が死ぬまで』『宇宙人ムームー』『GAMERA -Rebirth-』『九龍ジェネリックロマンス』『ゴリラの神から加護された令嬢は王立騎士団で可愛がられる』『ざつ旅-That's Journey-』『男女の友情は成立する?(いや、しないっ!!)』『謎解きはディナーのあとで』『日々は過ぎれど飯うまし』と、けっこう多かった。だんだん作画レベルが落ちてきたり、脚本やら演出やらの人間描写が安っぽかったりでやめるのだが。
『アン・シャーリー』は『赤毛のアン』の新作だというのに、残念きわまる。高畑勲をレストアなりリマスタリングするなりして再放送する方がはるかに有益。
『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和GO』
なんか20年ぶり? 子供も覚えている、おそろしくよくできたギャグマンガのアニメ。アニメとしてよくできている必要はまったくなく、ただやたらと早口で喋り、間を詰めて編集するだけ。元のギャグがあまりに面白いので、それだけで面白い。が、20年の年月を全く感じさせない。何の質の向上もない。にもかかわらず面白い。
『片田舎のおっさん、剣聖になる』
平田広明の声が人柄の安定感を保証しているので、見ていて心地よい。このパターンは『俺はすべてをパリィする』だな。
『小市民シリーズ』
シーズン1と変わらず高品質なアニメだが、びっくりするほどつまらなかった前シーズンに比べて、面白かった。1クールでエピソードが2つという引きが。謎で引っ張り、サスペンスでドキドキさせる。
OPのヨルシカ「火星人」はヨルシカ中でもかなり好きな曲。
『忍者と殺し屋のふたりぐらし』
大量に作られる深夜アニメで、花澤香菜は相変わらずいくつもの主役級キャラを演じているが、本作ではちょっとクールなキャラクターを演じていて、こういうのもちゃんと作ってくるところがさすが。シャフトといえばなるほどという、時々妙に高品質な作画も悪くなかったが、あまりに無軌道な作品が、どのあたりに決着するのかと最後まで見守った。だんだんわかりやすい人情ものになったのだが、それはそれで悪い印象ではない。
『ロックは淑女の嗜みでして』
演奏シーンのアニメと、実際に演奏されている音が高品質で、音楽的にも見応え・聴き応えがあったし、基本的には痛快な展開の連続に毎度快哉を叫びつつ見続けた。
『LAZARUS』
大御所、渡辺信一郎だが、最近作の『残響のテロル』『キャロル&チューズデイ』はどちらも面白いとは思えず、期待の中に不安も。
映像も音楽も素晴らしく、とりわけOPの転調を繰り返すインストゥルメンタル曲は、ストリングスのアレンジの壮大さも見事で始まった途端に劇的なドラマ性を感じさせる。
アニメーションも最初から最後まで見事で、とりわけアクション監督を務めるチャド・スタエルスキは本人も格闘技経験のあるというだけあって、「ちゃんとした」格闘を描いている。背景美術も安っぽくない。
だが、物語に引き込まれたかというと残念ながらそれほどでもなかった。どこかで観たようなSFの寄せ集め的で、それが強いドラマを生み出しているかと言えばそうでもない。例えば、人類の存亡の危機に政府機関によって集められた特別チームがあのメンバーだというのは、ちょっと無理がある。行動しているうちに仲間意識が芽生えてくるというのは悪くないが、それ以上に、人類の危機という切迫感はどうも感じられず。ということで大きなカタルシスもなく。
本当にアニメーションの素晴らしさには毎回感嘆していただけに、残念。
『戦隊大失格』
前シーズンからの決着ということで。
総じてアニメーションの質は高いままだったが、見直したいほど面白かったといえばそうでもない。怪人の作る学校空間に閉じ込められてループするエピソードは楽しかったが。それは本筋よりも「ループもの」としての楽しさ。
『ユア・フォルマ』
1年以上HDに残しておいた挙句、2026の夏休みに一気見した。一気見したから、それぞれのエピソードの展開は原作のライトノベル的面白さを感じられた。アニメの質も低くない。
とはいえ、全体にはあれこれの二番煎じ、の感が否めない。犯罪捜査官を花澤香菜が演じるとなれば『PSYCHO-PASS』が連想されるのは当然だが、ある社会システムを設定しているところもやっぱり二番煎じの感が拭えない。
また、いくつかの重要な場面で、劇的であることを優先して、登場人物たちに、どうみても不合理な行動をさせてしまうという演出があって、がっかり。危険な状況で、まず危険を避けることが優先されるはずなのに、登場人物たちが感情の交換を優先する。状況の切迫感を台無しにして何のドラマ性だ。
それから、この物語の最も重要な設定である「アミクス」=アンドロイドの描き方にはやはりがっかりだった。AIが進歩して、人間と近づくとすると、まず人間の側がAIに感情移入することは起こりうることは容易に想像できる。だが同様にAIの側にも感情があるように描かれるのは安易に過ぎる。感情が発生するメカニズムについての真剣な考察が欠けているようにしか思えないのは相変わらず。それなら単に人間同士のドラマを描けば良いのであって、AIを題材にしているのに、安易に「人間らしい」AIが描かれてしまう。