2026年8月30日日曜日

『ククルス・ドアンの島』-豪華なスピンオフ

 『機動戦士ガンダム』の最初のシリーズの中の一話をふくらませて、一本の劇場映画にしたもの。40年以上経ってのリメイクで、当時20代だった古谷徹が、ほぼ70歳にして変わらずに主人公の少年アムロを演じている。これもファーストガンダムの作画だった大御所、安彦良和が監督する。

 アニメとしてはむろん隔世の感ありの進歩だし、元々「いい話」ではあった。ファンサービスということでオールスターキャストを物語にからめているところが、原話での逸話(本筋から逸れたエピソード)としての特別感を若干損なっているともいえるが、諸々、細部の描写がある分の物語の厚みはある。

 十分に面白い映画ではあった。

2026年8月29日土曜日

『クラスの敵』-スロベニア映画

 産休に入る担任に代わって赴任した高校教師にクラスの生徒が反発する。それで「クラスの敵」というわけ。少ないリコメンドの評価は決して低くないという以上に何の予備知識もないのだが、先日観直した『12か月の未来図』と比較したくなったからではある。

 何語で喋っているのやらと思って調べてみるとスロベニア映画とのこと。新任教師はドイツ語の先生だといい、生徒が反発するのに「ナチ」などと言うのはどういうわけかと思っていると、ドイツによるスロベニア支配の歴史が背景にあるのだった。女生徒の一人が急に自殺してしまうのも、どういう必然性があるのかと思っていると、スロベニアはそもそも自殺率が高いという情報もある。少なくともこの教師のせいではないが、生徒がそれを疑うことにまるで理由がないかといえばそうとも言えない、という微妙な情報量で描かれている。いろいろとわかりにくい。

 というか、この教師が何を考えているかがわかるように描かれているのかがどうも判別できない。こちらの読解力不足でそうなっているのか、そもそもそういう意図で作られているのか。

 ただ、あちこちの描写は必要な情報を的確に提示しているような手触りも感じさせる。新任教師への反発でストライキを起こす生徒への対策として、校長が育休中の元担任を学校に喚ぶ。クラス生徒への信頼関係に安心している元担任が親しげに接すると、生徒の反応は案外に冷たい。ショックを受けた元担任は早々に退散する。「生徒教師の信頼関係」がそもそも一時の感情で演じられたものに過ぎないことを感じさせるこのあたりの描写はうまい。

 ストライキを主導する生徒グループにも、それぞれに微妙な立場の相違があるし、開かれる保護者会でのそれぞれの保護者の示す態度もリアルに描かれている。

 そのうえで、やはりこの物語の伝えるメッセージはわかりにくい。たびたび引用されるトーマス・マンに対する理解が不足していることもあるのだろうが、生徒のストライキに対してこの教師の発するメッセージがどう対峙しているかがどうもつかみかねた。



2026年8月23日日曜日

『オークストリートの異変』-楽しいが惜しくもある

 予告編を見て面白そうだと思ったということもあるが、監督が『イット・フォローズ』のデヴィッド・ロバート・ミッチェルなのに期待して。

 住宅街に恐竜が出てくるサバイバルものだとは予告されている。それがどういう理由で起こっているかは、結局は重要ではなく、ちゃんと説明されず「ワームホールが発生してタイムスリップが起こったんじゃないか」という登場人物の推測が語られるだけ。街ごと、恐竜のいるジュラ紀あたりの時空間と入れ替わってしまって、恐竜たちが街の中に入ってくる。街からの脱出先はない。

 脱出は、そのよくわからないワームホールが局所的に発生している光の穴、的なところに飛び込むというものだが、それがちゃんと元の時空間の、ちょうど街外れに出るところがご都合主義ではある。だがそこに不満はない。サバイバルの過程のサスペンスはエンタテインメントとして申し分ない。ひそかに崩壊が進んでいた家族の絆が、サバイバルを通じて再生するところもお約束だ。いや、その途中でその方向が絶望的になる展開から、最後でそれを大逆転するひねりがあるところも巧みなストーリーテリングだった。

 映画館で観るには満足のいく一本だったが、大絶賛というにはいくらか残念なところもあった。ズームアウトで街全体を映して、街ごと過去にタイムスリップしているのだとわかるシーンはもっともったいつけて描いてほしかった。あっさり上空からの視点で全体に何が起こっているのかを見せてしまう。このカットが「ビューティフルドリーマー」とあまりに似ていたので、全体を映してしまったのはもしかしたら「ビューティフルドリーマー」リスペクトかもしれない。監督がそれを知っている可能性が疑われるほど似ていた。あるいはスペクタクル優先なのかもしれないが、もうちょっとサスペンス重視でもよかった。あちらではそのシーンが実に衝撃的だったのに比べて、本作では「あっさり」と思えてしまったのは、街から出るくだりに試行錯誤がなかったからだろう。

 もう一つ、家族は申し分ないが、他の住民との協力などはそれなりに描かれてもいい。関わりのある住民に救いがあることは後日譚で回収されるが、それが感動的になるためには、もっと異変下での助け合いが描かれてほしかった。

 その回収があるのに、「自分」たちに対する救出が描かれないのは、矛盾を回避するために仕方がないとはいえ、行く末が気になるところではある。それが制作者たちの念頭にないわけではないことは、エンディング場面での少女の描写に表れているから、あれはあれで続編の可能性を示唆しているんだろうか。

 息子の学校でのいざこざから、異変下でなおもからんでくる同級生の兄のエピソードなどは何もその後に発展しないし、子供たちの考えなしの行動が苛立たしいのは、ホラーやパニック映画にありがちな、サスペンスを作る都合が優先していて観客の納得感を下げてしまうという欠点ではある。

 全体にはかなり楽しい。それだけに残念さもある。



2026年8月22日土曜日

『ロングウォーク』-残酷と強い意志

 『バトル・ロワイヤル』に熱中した頃、これがスティーブン・キングのデビュー作『死のロングウォーク』に着想を得たという話を聞いて、読みたいと思いつつも手をつけずにいた。それが映画化されたと聞いて、これも観たいと思っているうちに劇場公開が終わって、あっというまにアマプラで配信が始まった。

 ひたすら歩くだけだから『バトル・ロワイヤル』のような屈曲はない。それでも、この設定で起こりうるドラマを詰め込んでいる。死の描写にもごまかしがない。俗悪なグロを狙っているのではなく、ちゃんと痛みを感じさせる。

 『バトル・ロワイヤル』もそうだが、生き残れるのが一人という設定は、仲間を作ることと矛盾する。ただしこちらは故意に他の参加者を害してはならないから、すぐさま殺し合いが起こるわけではないが、他者の脱落こそが自らの勝利なのだから、「仲間」は存在しないはずだ。

 だが両者ともにそうではない。『バトル・ロワイヤル』では体制に対する反逆の可能性にすがって、仲間を作ろうとする参加者が現れる。死に直面した状況の中で、残酷な裏切りと、それでも生まれる絆か美しいのが『バトル・ロワイヤル』だった。

 一方の本作では脱落するのは本人の責任だから、一人一人の参加者は心おきなく励まし合える。それだけの自信と矜持のある者は。

 だから、設定のもたらす残酷さの中で、強い意志とヒューマニズムが素直に描かれる物語だった。



2026年8月21日金曜日

『落下の王国』-映像美と大団円

 ずいぶん前から録画だけしてあって、序盤は何度も観ているが、どうも先に進めなかった。今度こそと観始めてようやく。

 いや、退屈なわけではない。「千夜一夜物語」が元になっているのか、傷痍軍人が病院で少女に語る物語が、劇中劇として展開する。その劇中劇は世界遺産をロケ地に使ったという壮麗な映像美で展開する。感嘆する。すごい。

 そして軍人と少女の物語も気持ちよく着地して満足の大団円。


2026年8月15日土曜日

『夜勤事件』-二番煎じにも程がある

 B級どころから、下手するとC級かもしれないとも思いつつ、軽く観られるホラーということで。期待していないぶん、『ロングレックス』ほどの落胆もないだろうと。

 いくつかのジャンプスケアはやめてほしいが、やはりゾクゾクする演出はないでもない。画面の端の方に何が映りそうな気配は常にある。ホラーを観ているというこちらの心構えが作る恐怖。

 とはいえやはりC級。これほどあからさまに『リング』と『呪怨』をパクっていいのか。いや、映画の問題ではなくこれは原作のゲームの問題なのだが。それにしても、映画化するにあたって工夫もほしい。こんなふうに「謎の老人」の設定を放置したりするのはやめてほしい。時間あたりのイベントを増やしてほしい。

 まずは脚本の問題ではあるが、監督もなんとかしてくれ。永江二朗は『きさらぎ駅Re:』が楽しかったが、これは『真・鮫島事件』並み。


2026年8月14日金曜日

『劇場版 幼女戦記』-ヒトラーのいない

 テレビで新シリーズが始まるにあたって、その前日譚たる劇場版がテレビ放送された。

 約十年前の第1シーズンは観ていたが、転生についての設定と主人公のキャラクターを覚えているくらいで、戦況についての設定はまるで覚えていない。今回2時間を通して観ると、なるほど、この劇場版は独ソ戦なのだった。「連邦」の首都がモスコーで、共産主義者と呼ばれているし、「帝国」の首都はベルンだ。そう思って観ると「共産主義者は畑でとれるのか?」というような台詞が、人的資源を浪費することに躊躇のないスターリンの戦略を皮肉っているのがわかってくる。スターリン(らしき人物)とゴルバチョフ(らしき人物)が同時期にいるのは、歴史をフィクション化する妥協的な描写か。

 そのうえで、そうか、主人公はドイツ軍なのか。「大戦」を描いて、フィクションとはいえドイツに主人公をおいて大丈夫なのか?

 心配にはなったが、「帝国」というからには帝国主義的な国家なのかもしれないし、愛国心はいやというほど強調されているが、今のところファシズムのにおいはしない。ヒトラー的な人物が出てはこない。

 出てきたときに主人公がどう振る舞うかにも興味はあるが、今のところヒトラーがいないことで、「仕事」としての戦争、戦闘行為にも、かろうじてつきあえるとも言える。「合理的」を標榜しながら、案外生真面目な主人公に安心していられる。


2026年8月13日木曜日

『12か月の未来図』-地道

 岩波ホールで観たのは7年前だ。ブログではなかなかに長い文章で感想が述べてある。

 読み直してみると、今回観直した感想とまったく変わらないのだった。圧倒されるとか大感動したとは言わないが、その後に観た『型破りな教室』と比較しても、こちらの地道な描き方に、より好感を持った。

 


2026年8月9日日曜日

『Search2』-前作に引けをとらない

 『ロングレックス』があまりに不愉快だったので、一緒に観た娘と、「口直し」に、好評だった『Search』の続編を。同工異曲の便乗作品というでもなく、正統な続編として、前作が冒頭に引用されてもいた。

 さて今作もまた、突然失踪した家族を、主人公がネットを駆使して探すという設定は同じ。旅行先で行方不明となった母親を、女子高生が捜すのだが、本作では旅行先の出来事をPC画面で描くために、現地の「便利屋」をネットで雇って調査してしてもらう様子をリアルタイム中継するというのが新機軸だった。となればこの調査員のキャラクターが物語の味わいに大きく関係してくる。これは物語としてイイカンジに描かれていた。たぶん、不在の父親を補うバランスをとっているのだ。

 さて、驚異的な調査能力の主人公が、ネットでできる調査を次々と試行するのも、展開が意外な方向に次々と転がっていくのも、その起伏とスピード感とアイデアの豊富さは前作に引けをとらない。最後の大団円まで、最高に楽しいエンタテインメント映画だった。


2026年8月8日土曜日

『ロングレッグス』-キリスト教圏の映画

 アマプラでやたらとリコメンドされる「怖い」映画ということでタイミングが合えば観ようと思っていた。予告編はなるほど怖そうではある。

 主人公はFBIの捜査官である若い女性で、連続殺人事件を追うというのだから、どうしても『羊たちの沈黙』を思わざるを得ない。確かにそんな風に展開する。レクター博士こそ出てこないが、主人公の直感力が並外れているとか幼児期に特殊な経験をしているとか。

 だが結局、大いに不満足に終わった。また例によってキリスト教の悪魔が元凶なのだった。ホラーでこれが持ち出されるといつもがっかりしてしまうのだが、サイコサスペンスかと思って観始めたのに、敵がサタンだなんて、いい加減にしてほしい。

 加えて、何もカタルシスがない。最後のケースが解決しないばかりか、それがなんとも無策なまま手をこまねいていることに、納得できる「仕方なさ」がない。これもまた、元凶が悪魔である以上、しょうがないとでもいうのだろう。勝って終わるためには神を持ち出すしかないんだろうが、それはそれで安っぽくなるんだろうし。

 ああキリスト教圏の映画。