2026年8月23日日曜日

『オークストリートの異変』-楽しいが惜しくもある

 予告編を見て面白そうだと思ったということもあるが、監督が『イット・フォローズ』のデヴィッド・ロバート・ミッチェルなのに期待して。

 住宅街に恐竜が出てくるサバイバルものだとは予告されている。それがどういう理由で起こっているかは、結局は重要ではなく、ちゃんと説明されず「ワームホールが発生してタイムスリップが起こったんじゃないか」という登場人物の推測が語られるだけ。街ごと、恐竜のいるジュラ紀あたりの時空間と入れ替わってしまって、恐竜たちが街の中に入ってくる。街からは出られない。

 脱出は、そのよくわからないワームホールが局所的に発生している光の穴、的なところに飛び込むというものだが、それがちゃんと元の時空間の、ちょうど街外れに出るところがご都合主義ではある。だがそこに不満はない。サバイバルの過程のサスペンスはエンタテインメントとして申し分ない。ひそかに崩壊が進んでいた家族の絆が、サバイバルを通じて再生するところもお約束だ。いや、その途中でその方向が絶望的になる展開から、最後でそれを大逆転するひねりがあるところも巧みなストーリーテリングだった。

 映画館で観るには満足のいく一本だったが、大絶賛というにはいくらか残念なところもあった。ズームアウトで街全体を映して、街ごと過去にタイムスリップしているのだとわかるシーンはもっともったいつけて描いてほしった。あっさり上空からの視点で全体に何が起こっているのかを見せてしまう。このカットが「ビューティフルドリーマー」とあまりに似ていたので、全体を映してしまうのはもしかしたら「ビューティフルドリーマー」リスペクトかもしれない。監督がそれを知っている可能性が疑われるほど似ていた。あるいはスペクタクル優先なのかもしれないが、もうちょっとサスペンス重視でもよかった。あちらではそのシーンが実に衝撃的だったのに比べて、本作では「あっさり」と思えてしまったのは、街から出るくだりに試行錯誤がなかったからだろう。

 もう一つ、家族は申し分ないが、他の住民との協力などはそれなりに描かれてもいい。関わりのある住民に救いがあることは後日譚で回収されるが、それが感動的になるためには、もっと異変下での助け合いが描かれてほしかった。

 その回収があるのに、「自分」たちに対する救出が描かれないのは、矛盾を回避するために仕方がないとはいえ、行く末が気になるところではある。それが制作者たちの念頭にないわけではないことは、エンディング場面での少女の描写に表れているから、あれはあれで続編の可能性を示唆しているんだろうか。

 息子の学校でのいざこざから、異変下でからんでくる同級生の兄のエピソードなどは何もその後に発展しないし、子供たちの考えなしの行動が苛立たしいのは、ホラーやパニック映画にありがちな、サスペンスを作る都合が優先していて観客の納得感を下げてしまうという欠点ではある。

 全体にはかなり楽しい。それだけに残念さもある。



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