1作目は映画館で観たのだった。面白かった。さて続編は。
悪くなかった。だが1作目のような工夫は全体として減衰している。あちらは「満腹」だったが、こちらは八分目くらい。1作目は盲目の軍人が敵方だったのが、本作では主人公側になっているところで、脅威として弱くなっているのだろうか。盲目の軍人に育てられた娘が、サバイバル能力を活かして逃げ回る展開はかなり巧く描かれていたが。
1作目は映画館で観たのだった。面白かった。さて続編は。
悪くなかった。だが1作目のような工夫は全体として減衰している。あちらは「満腹」だったが、こちらは八分目くらい。1作目は盲目の軍人が敵方だったのが、本作では主人公側になっているところで、脅威として弱くなっているのだろうか。盲目の軍人に育てられた娘が、サバイバル能力を活かして逃げ回る展開はかなり巧く描かれていたが。
『エンド・オブ・ホワイトハウス』のシリーズ2.3作目を続けて一日で。
総合的には第一作が最も凝縮したイベントの連続で面白かったとはいえるが、2.3作ともそれぞれ相当によくできた映画ではあった。もちろん、アメリカ礼賛の単純な論理が許せないと言う意見は尤もだが、そういう政治的思想の是非ではなく、アクションとサスペンスを評価するなら、大作として金をかけるに値する脚本にはなっていた。
尤も、爆発シーンをCGで描くことで経費はいくらか抑えられているのかもしれない。それが安っぽくはないくらいに技術的に進歩したおかげで。アーロン・エッカートやモーガン・フリーマンら、役者のギャラは安くはないだろうに。
1作目は北朝鮮、2作目はアラブ、3作目はロシアといった「アメリカの敵」を敵方にしているように見せて、実は1はテロリスト、2は武器商人、3は傭兵企業を敵として設定しているところが、バリエーションを網羅しているようで、工夫されているなあと妙に感心した。
子供を持つ不安はとてもわかるが、それだけでない対人関係の不安は、ちょっとやりすぎで共感が及ばない。それがCoccoだから、単なる不快感では済まされず見ていて辛い。
基本的には良い映画だったと思うが、歌やダンスシーンの長さには辟易した。それこそがこの映画の力だと言いたいのだろうが、それならばライブ映画でいいではないか。映画は映画としての物語で見せてほしい。
それにしてもCoccoが圧倒的な存在感の語り部であり巫女だというだけでなく、単に、非常に巧い役者であることにこそ感動した。
同じ年に『ホワイトハウス・ダウン』と競合作となった、ホワイトハウスを舞台にしたテロ事件を描く。
こちらを観ていると『ホワイトハウス・ダウン』が随分脳天気に見える。それに比べると本作は大分シリアスだ。大量の人死にが生々しく描かれる。周辺の市街地で一般人がどんどん殺されていくのもすごいが、テロリスト集団と警護の警察や軍にもどんどん人死にが出る。巧みな作戦だという以上に、単に特攻で大半が死ぬ前提の作戦でテロが行われるのだ。撃ち合いになればそれは双方に死者が出るのは当然だ。
その中で主人公に弾が当たらないのは単なる幸運で、ここで白けてしまうというのもあっていい感想だが、まあそこは許して見続ける。
ジェットコースター的な展開のめまぐるしさは『ホワイトハウス・ダウン』の方が楽しかったが、本作は本作で、そこまでやるか、という意外性の乗り越えが楽しかった。
主演の朝鮮人テロリストが鈴木亮平に似ていたのが始終気になった。
何映画かわからずに見始める。サスペンスフルではあるが、犯罪がらみか、オカルトにいくのかもわからない。サイコな雰囲気ではある。
とりあえず、満たされた結婚生活に見えながら、実は満たされていない美しい若妻の孤独を描いているのはわかる。その危ういバランスがサスペンスフルではある。
そのうちに妙な展開になる。若妻が、ビー玉を飲み込む。どうしてもそうせずにはいられないような心理になっていることが充分伝わる緊迫感が画面に満ちあふれている。何を意味する描写なのかと思っていると、次は画鋲だ。
異食症というのだそうだ。妊婦に多いというのだが、もちろん単に主人公が妊娠したからではない。結婚生活が恵まれていることと裏返しの孤独と抑圧に満ちたものであると描かれていることは明らかであり、さらに出生についての特異性がまたその原因であるようにも描かれている。
結末がある種の解放と自立を意味しているように見るとテーマは単純だ。
だが見ている最中の感情は、明らかに主演のヘイリー・ベネットの演技によってかき立てられている。どうにも特異な顔立ちの女優だ。北欧系のようにも東洋系のようにも見える。少女のようにも見える。
テーマであるところの女性の自立については賛否あることがネットの評価でもわかるが、さしあたって主人公の解放と思えばそれは面白いかどうかで良かろう思う。
撮り方も巧く、何だか胸騒ぎのする映画ではあった。
低予算の小規模映画だが、サスペンスフルで満足度は高い。ほとんど母子の間で展開するサスペンスということは、結末は後味の良いものではないが、それも含めて良くできた映画だった。
題名に比して走らない。だが走ることを歯ぎしりするほど切望するところで敢えて題名を「走る」にしているのだ。その緊張感が巧みな脚本と演出と、安っぽくならない俳優の演技で描けている。こういうことのできる日本人俳優はたぶん多くはない。