2017年7月30日日曜日

『あの頃ペニー・レインと』 -隅から隅まで良い

 原題の『Almost Famous』って何だろうと思って調べると、「ブレイク寸前」というような意訳が見つかる。なるほど、もうすぐ有名になる、ということか。
 1973年のアメリカを舞台に、「ローリングストーン」誌に掲載される予定の記事を書くために、ブレイク近いロックバンドのツアーに同行する高校生記者の物語。
 なんともはや、隅から隅まで良い映画だった。
 まずアカデミー脚本賞だというシナリオがすばらしく、台詞の応酬がいちいちうまい。主人公とヒロインの「ペニー・レイン」が最初に会うシーンで、歳を聞かれた主人公が3歳サバを読んで「18」と答えると、明らかに年上なのに彼女は「私も」と答える。「実は17」とやや正直に修正すると「偶然、私もそうなの」と当然のように言い放つ。さらに「16」、「実は15」と告白するのにあわせて、彼女の年齢もどんどん下がる。自分が年若いことにコンプレックスを抱く主人公に、年齢などどうでもいいことだと、軽口にのせて態度で示してみせる。
 主人公の母親は大学教授で、時代柄、ロックにコミットする息子を心配している。副主人公のバンドのギタリストが、母親と話す主人公の電話に割り込んで話すうち、母親の怖さに震え上がって、電話の後で「お前の母さん、怖いな」と言うと、主人公が「悪気はない」と返す。映画の終盤で母親とギタリストが実際に会う場面で、互いの正体がわかって「あのときの電話の…」となるシーンも、実にほほえましかった。
 母親の無理解に反発して家を飛びだした姉が、弟と一緒に数年ぶりに家に戻り、母親とぎこちなく和解するシーンも、しみじみと感動的だった。母親の歓迎の抱擁に「謝ってないわよ」と謝罪を要求しながら、姉もなし崩しに母親を許してしまう。笑えるうえに泣ける。
 とにかくいろんな感情が細やかに描かれる。新しい時代の文化への憧れ、音楽を通じた仲間への友情、社会的成功への野心、家族愛、そして年上の女性への憧れ。
 ペニー・レインを演ずるケイト・ハドソンは、これでアカデミー助演女優賞のノミネートだそうだが、なるほど、恐ろしく魅力的だった。微妙な表情の変化で感情を表現しつつ、結局実に良い笑顔で主人公の憧憬のシンボルを引き受けている。ほれぼれする口角の上げ方だった。
 実にしみじみと幸せな気分になれる映画だった。

2017年7月4日火曜日

『コラテラル』 -展開のスピード感と余韻

 4月からこっち、一本の映画を通して観る時間がとれない。
 生活が忙しいというのももちろんある。単純に帰りが遅くなった。
 同時に今期はとりあえず見通すと決めたドラマとアニメがやや多めなクールだった。前から見ている格闘技番組や情報番組以外に、今クールは「ボク、運命の人です。」「100万円の女たち」のドラマ2本と、アニメを5本くらい。その録画番組を「消化」するだけで毎日の隙間の時間が埋まってしまっていた。

 その中で、録画してみた映画の「消化」優先順位を決めようと、ちょっとだけ様子見と、『コラテラル』の冒頭だけ観てみた。
 …のつもりだったが、あれよあれよと途中まで観てしまって、見始めがそもそも遅い時刻だったのに、覚悟を決めて最後まで観た。
 それくらい面白い映画だったのだ。最初の、主人公のタクシー運転手と乗客の会話から妙に真面目に面白いぞと思っていると、それが案外長い。その女性客が検事で、再登場する重要人物だというのがだんだんわかる。
 次に乗せるのがトム・クルーズだから、いよいよかと思っていると、停車中の車の屋根にビルから死体が降ってくる展開で主人公同様度肝を抜かれて、あとはあれよと物語に飲み込まれる。
 度肝を抜く展開はこれだけではなくて、次々と、という感じで襲ってくるのだった。車のハンドルに拘束されて、道行く人に助けを求めると近づいてきたチンピラがいきなり銃を突きつけて強盗になるとか、その強盗に追いついたトム・クルーズが、どうやって鞄を取り返すのかと思っていると、いともあっさりと撃ち殺してしまうとか。その「いきなり」さ加減が実に上手い。
 とりわけ、ジャズ・バーのオーナーであるトランペッターを撃ち殺す場面の唐突さはすごかった。殺し屋はどうやらジャズファンらしい。トランペッターのプレイに敬意を抱いて、席に招いてジャズ談義を繰り広げていたとと思っていたら、途中でそのトランペッターがターゲットなのだという展開に驚かされる。殺し屋とターゲットがテーブルをはさんで味わい深い会話を重ねて、緊張感はあれど、殺すのは避けるかと思っているといきなり額を撃ち抜く。撃たれた者が、後ろへではなく前へ倒れてくる顎を、銃を持っていない左手で受け止めて、テーブルへ静かに下ろす。この一連の動作が、呆気にとられている一瞬で描かれる。
 かような演出の妙に、脚本がまたうまいこと。次から次へと緊迫感のある展開になる構成もすばらしいが、途中の会話の味わい深さも格別なのだ。
 殺し屋のトム・クルーズのシンプルな行動原理を支える自己認識が、主人公の運転手の市民感覚とぶつかって、どう動かされているのだろうと推し量って観ているのだが、どうにもわからない。だが、まるで影響しないだろうと思われては興味が失われるから、何か響くものがあるんじゃないかと期待はしてしまう。といって彼は殺し屋の使命を全うすることをやめはしない。
 タクシー内部のドラマから、ロサンジェルスのビル街まで大きく移動する物語展開、主人公二人にターゲット、依頼主の麻薬密売組織や市警、FBIをからめた人間ドラマの展開、実に完成度の高い映画だった。

p.s
 この映画を見て間もなく、ライムスターの宇多丸のラジオ番組でトム・クルーズ映画の人気投票をやる企画があって、さて『コラテラル』はどのあたりかと思ってランキングを遡る発表を聴きながらも、よもやベスト10に入ることはないだろうと思っていた。トム・クルーズといえばそうそうたる有名作が目白押しだ。今回初めて知ったこの映画が、順位の上の方で登場するという期待はしていなかった。だが結果は、なんとまさかの第一位。発表直後に宇多丸が「読めねー」と叫んだのは、やはりこの順位の意外さを物語っていたのだろうが、個人的にも、意図せざる映画視聴とラジオ番組のタイミングの偶然の近接に何やら不思議な気がしたのだった。

2017年7月2日日曜日

蝙蝠

 夜中に目が覚めた時に、ふと、掛け布団の上の黒い塊に目を停めて、その正体の思い至らなさに手を伸ばすと、蝙蝠の子供(たぶん)なのだった。以前、部屋に入ってきて飛び回ったことがここ20年のうちに一度あったが、蝙蝠が部屋の中に入ってくるのは二度目だ。どこから入ったものか。
 それだけ。