2020年2月29日土曜日

『絞死刑』-構造的不可能性

 大島渚は『戦場のメリークリスマス』と『御法度』くらいで、あとはテレビでの文化人としてのコメンテーターというイメージしかないのだが、機会あっていくらか古いこの映画を。
 だが作意ばかりが表に立ちすぎて、映画として面白いと思えなかった。この「作意」は予告編で大島自身が熱く語っている。つまりは死刑制度反対であり、在日朝鮮人問題である。テーマを設定すれば結論は見えていて、それでも映画として面白くなければならないと監督が言っている通りで、登場人物たちの言動が戯画化されており、その滑稽さを笑い飛ばすという趣向なのだとはわかるが、頭で「わかる」というに過ぎず、ちっとも愉しくはなかった。
 あえて戯画化して描くという趣向が既に対象に距離を置いた分析的客観視だから、主人公の朝鮮人青年に共感することが妨げられるという、この構造的不可能性。

2020年2月24日月曜日

『情婦』-有名なネタバレ禁止映画

 アガサ・クリスティの「検察側の証人」なのだが、ウィリアム・ワイラーの映画版はなぜか『情婦』などというよくわからない邦題がついているのだった。
 いや、わからないわけではない。主演のマレーネ・ディートリッヒが同主演のタイロン・パワーの「情婦」なのだが、これよりは原題直訳の「検察側の証人」が、日本語としてわかりやすいし、法廷ドラマを予感させる魅力的な題名でもあり、やはりそんな邦題をつけたいという気持ちが「わからない」のだった。
 ところで昨年、BBC制作の、同じ原作のTVドラマを観た。劇場映画にも匹敵する実に重厚な作りで、こういうのを日本のドラマに期待することはほぼできないのだが、その印象が強いせいで、どうも比べてしまうのだった。
 本作の方は、画面も明るく、主人公の老弁護士の毒舌はコミカルなタッチで描かれる。ウィリアム・ワイラーだから映画的語り口はもちろんうまい。同監督の『アパートの鍵貸します』について、本ブログでも、そのコミカルな語り口と内容の深刻さのバランスに違和感を感じたと書いているが、本作でも、結末の悪意と悲劇が途中のタッチとはミスマッチではある。もちろん、うまい語り口はそれだけで享受の快感もあるとはいえる。
 とはいえこれは法廷ミステリーだ。法廷戦術はもちろん見事だし、結末でのドンデン返しも、知らなければ衝撃ではあるだろう。それについては知っているから、そこでの驚きはないが、途中の一人二役は知って見ていてもそれとわからないくらいにうまくてびっくりした。上記ドラマ版では暗い路地で顔も見えにくいようにしていて、その理由も合理的に説明されていたが、映画では明るいところで顔つき合わせているのに、それと気づかないという設定が無理を感じさせないほど、観客から見ても別人なのだった。おそるべきマレーネ・ディートリッヒ。
 エンドロールの前に「結末を他人に知らせないように」という有名な「観客へのお願い」が流されて、ああそういえば、これが有名な!

2020年2月23日日曜日

『地下室のメロディー』-完成度の高さは折り紙付き

 ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの2大スター、ダブル主演のフィルム・ノワール。実はジャン・ギャバンの映画は初めて観る。そういえばこの間の『十三人の刺客』で片岡千恵蔵の映画を初体験したのだが、あの映画での片岡と若かりし里見浩太朗を、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンを観ながら思い出していた。片岡の大人物然とした物腰も、里見の好青年ぶりも、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンよりよほど魅力的ではある。刑務所から出るなり次のカジノ襲撃を企てるジャンと、チンピラ然としたアラン・ドロンはそれより随分軽い。
 とはいえアラン・ドロンの美青年振りはすごい。この映画では身軽なアクションも見せ、あのチンピラキャラもそれなりに女性ファンに受けるのだろうか。よくわからんが。
 映画は、計画の遂行の過程を的確に描き、最後に計画が破綻する苦さまで、もちろん完成度に疑問はない。
 通気口の中を匍匐で移動するシチュエーションは、いろんな映画で描かれて既視感があるが、この映画がはしりなんだろうか。網部分を通る時、下から見つかってしまうかもとか、音で気づかれてしまうかも、とかいったお約束のサスペンス満載で、これもすこぶるよくできていた。

2020年2月18日火曜日

『グッモーエビアン!』-これが大泉洋

 「あまちゃん」前の能年玲奈を見たくて。
 まあ能年は大きな成果とは言えなかったし、麻生久美子や三吉彩花は通常運転で、もちろん悪くはないが特別どうということもなかったが、大泉洋は(これもまあ通常運転とはいえ)さすがの味を出していた。大泉洋に真面目な演技をさせては駄目だ。この映画のように、軽いノリで憎めないキャラクターを演じると、どこまでが脚本なのか、アドリブなのか、唯一無二の味だ。
 まあそれだけではある。物語はほのぼのと悪くはないがそれだけ。
 画面があまりに平板なテレビドラマ的なのも、わざとなのだろうか。
 そして大泉洋の「SONGS」の司会は鬱陶しい。

2020年2月17日月曜日

『パラサイト 半地下の家族』-凄いに決まっている

 映画館で家族と。カンヌ映画祭と米アカデミー賞で最高賞という快挙となった本作だが、個人的にも『殺人の追憶』の評価から、どうにも期待は高まる。
 もちろん期待に違わぬすごい映画だ。
 物語の展開については充分に情報の拡散が制限されていたから、やはり観ていて展開には驚愕した。そこへ向かって展開するかあ! が何段階か訪れる。それぞれの展開の中でそれぞれ心が動く。密度の高い物語だ。
 映画的には画作りももちろんレベルが高い。『グエムル』の、草原を走るだけのシーンや、『殺人の追憶』の夜の工場とか、どういうわけでそれに心を動かされるのかわからないが、とにかく画面から感銘を受けてしまうという場面が本作でもやはりあった。物語的にも大きな転換点になる、屋敷から自宅へ戻る、坂道や階段を下るシークエンスだ。物語が「上下」を大きなモチーフとしているのは言うまでもないが、そういう物語的な力のせいだということなのかどうか、どうもわからない。とにかく登場人物たちの置かれた空間の「画」がすごいのだ。
 それ以外にも、もちろんいろいろな要素に心を動かされているのは間違いないのだが、今充分な分析をする準備がないので、ここまで。

2020年2月11日火曜日

『十三人の刺客』-名作の名に恥じない

 2010年の三池崇史版が楽しかったので、この機会に元の工藤栄一監督版を。
 白黒の画面の陰影が美しい。霧の中から姿を現す人馬の群れ。やや俯瞰に捉えた田んぼの中を逃げる男。
 それぞれの武士としての覚悟やたたずまいも味わい深いし、終盤の集団殺陣が手の込んだ創作物として感銘に値するのも確かだし、名作の名に恥じない。
 主演の片岡千恵蔵は、その泰然としたたたずまいだけで充分観られる存在感である。不思議なことに、歌舞伎役者である片岡の台詞回しが、時代劇のものものしい台詞の多い演技の中で、最も自然な口調なのだ。鷹揚な大人物、という存在感は、さすがこれが往年の大スターってやつか、という感じだ。

2020年2月9日日曜日

『37 Seconds テレビ版』-優れたドキュメンタリーにも似た

 ベルリン国際映画祭で観客賞を獲ったという映画をテレビ用に再編集して放送するというのはどういう企画かよくわからないが、こういうパターンは前に『Oh Lucy!』でもあったな。
 脳性麻痺の女性が自立を目指す物語。実際に脳性麻痺の佳山明が演じているリアリティは掛け替えがないのだが、それも優れた脚本と演出に支えられてのものだ。優れたドキュメンタリーにも似た、「人間」が描かれている手触り。微妙な心の揺れが丁寧に描かれ、見入ってしまう。
 中途半端に終わっていると感じたが、結末は映画でということだろうか。

2020年2月8日土曜日

『翔んで埼玉』-相性の問題

 『パタリロ』世代ではある。が、まあ思い入れがあるわけでもなく、『テルマエ・ロマエ』の監督だというのも期待できない。これはまあ、こちらのニーズとの相性であって、映画が悪いとは言わない。この馬鹿馬鹿しさを楽しむことができないというだけだ。
 エンディングのはなわの歌が、ほぼ映画全編の面白さと同等であるというくらいに。

P.S 原作を読んでみると、さらに何もそこにはなく、俄に映画が面白いものだったような気がするのだった。

2020年2月7日金曜日

『カウボーイ&エイリアン』-ツッコミどころしかない

 ダニエル・クレイグとハリソン・フォードという豪華キャストを揃えながら、金のかかっていそうな撮影も多く、しかもほぼ2時間という尺をとりながら、面白い要素は何も描かれていない。ある意味すごい。
 現代に生きるカウボーイとエイリアンの戦いを描くのかと思っていたら、開拓時代の西部劇の舞台にエイリアンを投げ込むのだった。それじゃあ戦いにならないじゃないかと思いきや、結構戦えるどころか、結局人間が勝ってしまう。地球に来るような科学力はどうなっているんだ。そんな科学力をもったエイリアンがどうして爪と牙で戦ってるんだ、どうして裸なんだ、などなどツッコミどころしかない。
 なんだか味わい深そうな人間ドラマを描きそうな場面はそこここにあるにも関わらず、それもまったく成功していない。
 ただただダニエル・クレイグのカウボーイ姿が格好いいだけ。

2020年2月2日日曜日

『ラストサマー2』-ますます薄い

 正統なる続編。『1』でフィッシャーマンの死体を見せないので、やっぱり生きていたかという展開が意外でも何でもない。そして残念ながら、お馴染みの登場にワクワク、という感じでもない。前作でそのキャラクターが魅力的に思えなかったのと、今作の登場もそれほど工夫された見せ方にはなっていなかったので。
 手間をかけて主人公達に復讐しようとしている動機も、そのわりに無関係な人を次々と殺すところも、どうにも荒唐無稽で参った。