2015年1月31日土曜日

『ツーリスト』

 「アンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップ2大スター共演の極上のサスペンス」とかいう情報しかない状態で観る。空撮のベネツィアの街並みが綺麗で、何やら秘密捜査をしているらしい国際警察の捜査の様子を描写する演出もそつがない。うまいなあ、こういうのって、ほんと邦画では見られないテイストだよなあ、とは思うが、映画が進むにつれ、どうも気持が盛り上がらないことは否めないぞと内心思いつつ、それを認めたくないとも思いつつ、「大ドンデン返し」という結末を予想していると、結局その通りになる。
 これ、面白い映画なの? と不審に思ってネットの評を観ると、なんだ、みんなそう思ってんだ。
 とりわけ宇多丸の「週刊映画時評『ザ・シネマハスラー』」での酷評は、ぼーっと観て「なんか面白くない」とか言ってる腑抜けた私の感想とは大違いの緻密な批評だった。その脚本の構成の根本的な不整合を的確について、実に納得の批判だった。
 こういうの、先に評価を調べてから観た方がハズレを避けられるよなあ、とは思うが、他人の評価と自分の好みが食い違うことも多いし、思いがけない出会いもあったりして、とりあえず観てみるか、となる。この映画も、映画としてはちゃんとハリウッド大作のレベルを満たしていると思う。ただ、脚本がだめなことをどうしても誰も何とかしようとしないのだろう。宇多丸も「どうしてこの映画、作られちゃったんだろう」というような言い方をしていたが。こういうのって、どうして誰も太平洋戦争を止められなかったんだろう、みたいな「コンコルドの誤り」なんだろうか。

2015年1月29日木曜日

『TRICK 劇場版 ラストステージ』

 テレビシリーズから劇場版まで、ほとんどのシリーズ作品を観ているから、いわば決着をつけるつもりで観る。時を追ってどんどんつまらなくなっているから、期待はしていない。
 だがこれだけの人気シリーズの完結編として作られているのだ。最後くらい気合い入れて作っているのかもしれないと(しないといいつつ)微かに期待もしてしまう。
 だが結局つまらなかった。むろんあちこちに相変わらずのギャグが利いているのは認める。だがそれだけだ。初期シリーズでは、ちゃんと「トリック」に感心したりもした。だがここまできて、金のかかった劇場版で最終作だというのに、このばかばかしい、トリックとも言えない謎の真相は何事だ? じゃあ、上田と山田のシリアスな恋物語が切なく描かれたりするか? まあ最後はそれなりに感慨もあるんだろうが、まあそれなりだ。他にどんな面白さがある? 無論、強引に途上国開発を進める日本人への批判とかいう真面目なテーマが、観るに値する程の深まりを見せるなどということはありえない。一体何を面白がればいいのか?
 なぜこういう期待作の脚本がこれほどチャチいまま制作が進んでしまうのか? それこそ謎だ。

2015年1月26日月曜日

土日二日間で観たテレビ

 土日二日間で観たテレビあれこれ。

 NHK教育の「岩井俊二のMOVIEラボ」の第2・3回。この手の番組としては坂本龍一の「schola(スコラ)」と亀田誠治の「亀田音楽専門学校」同様、毎回面白いとは言い切れないが、観ないでいるのも勿体ない気がして録画しておく。若者がスマホで撮った1分間の短編映画「1分スマホ映画ロードショー」などはとりわけ気になる。やるな、と思ったり、この程度? と思ったり。雑駁な映画談義といった風のお喋りも悪くない。

 「テストの花道」は小論文特集で、気になったので。標準的で有用な内容だったが例えば息子との小論文指導バトルの時にそういう指導をしたかといえば完全にNOだな。全く書けない状態の生徒に対する指導としては必要だが、その先の指導についてはこういう番組で扱うのは難しいのだろうし。

 「SWITCHインタビュー 達人達」の「田村淳×猪子寿之」は、先週も途中からチャンネルを回したら、そのまま終わりまで観てしまったのだが、今週も同じ轍を踏んだ。猪子よりもすごいのは田村淳だ。どんな時間の使い方をしてこれだけの仕事やら遊びやらをこなしてるんだ。

 「日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち」のシリーズをここのところ頑張って観ている。丸山真男、司馬遼太郎、吉本隆明と観て、土曜日の三島由紀夫も途中から観てしまった。中学生の国語の時間に、三島が割腹自殺したことなどを聞いて、何という感慨もなかったことを思い出したりして。個人の命よりも大事なものがあるんだ、それが日本だ、という考えを仮に認めたとして、そのために三島が命を投げ出したことが彼の言う「日本」をどのように守る(生かす?)ことになるのかはわからなかった。もちろん戦後が、個人の命より大切な国体という幻想への反動として「命」を何より最優先すべき価値としたことが日本人の堕落を生んでいるという議論はわかる。が、堕落であれ「命」が最優先というのは相当にラジカルな思想だと思う。疑う余地は残して良いが、否定するのは惜しい思想だと思う。

 以上NHK教育。

 民放では「NNNドキュメント’14 マザーズ 特別養子縁組と真実告知」。第10回日本放送文化大賞のグランプリを受賞したというドキュメンタリーだが、この間、平成26年度の文化庁芸術祭の結果を調べたときに、テレビ・ドラマ部門で優秀賞を受賞した「マザーズ」というのも、このドキュメンタリーを元にしているものと思われる。制作は同じ中京テレビ。養子縁組で結ばれた親子にとって、養子という真実の告知は避けるべきではないのか? 関係者の経験に拠ればこれは避けない方が良いのだそうだ。では、暴行による妊娠によって生まれた子供を養子に出した場合、その事実を告知すべきか?
 問題の難しさもさることながら、性的被害者である高校生が葛藤の末に養親に赤ん坊を預けるまでの過程に胸が詰まる思いだった。そして何より、養子縁組みが(少なくとも番組の中では)養親と生みの親のどちらをも救っているように見える結末が感動的だった。

 年末にテレビ朝日系列で「松本清張二夜連続ドラマスペシャル」の第一夜として放送された「坂道の家」は、脚本:池端俊策、監督:鶴橋康夫という「おやじの背中」での仕事の評価に確信をもちたくて観ようと思っていた。結局一ヶ月以上経ってからようやく観た。
 つまらなかった。「ウェディング・マッチ」で奇跡のようなカメラ・ワークを見せた鶴橋の演出は、ここでもそれなりに意識して観ると職人芸なのだが、いかんせん物語がつまらない。予想される設定で、まったく予想される展開と結末。「情念」とやらを描きますという狙いがあからさまに見えて、うんざり。「おやじの背中」では第8話の「駄菓子」で大泉洋をまるで生かせなかった池端の脚本は、ここでは柄本明の老残の嫌らしさを生かし切っている(というか柄本がうますぎる)のだが、そもそもこちらがそういう「情念」を観たいと思っていないのだった。尾野真千子の悪女ぶりも、どうにも型にはまって、今更こうした人物造型を、どんな受け手が希求していると思って作っているのか。

 一方「ウェディング・マッチ」の脚本の坂元裕二の『問題のあるレストラン』は第二回も申し分なく面白かった。「このままだと神ドラマの予感だな」とは息子の弁。

 まだなんかありそうな気もする。いや、よく観た。

2015年1月25日日曜日

「おのずから」を感じ取る(内山節) 2

承前

  昨日の記事のような授業展開は、まあこちらは面白かったのだが、最初のクラスだけでやめた。大多数の生徒には要求が高すぎることが明らかであり、もっとなだらかな道筋に気づいたからである。先に次のページから読むのである。次のページは以下の通り。
 私たちが何気なく使っている「仕事」という言葉には、異なった二つの意味合いがあるのだと思う。一つは自分の役割をこなすということであり、もう一つは自分の目的を実現するための働きである。例えば、「それは私の仕事です。」と言う時の「仕事」は、自分の役割を指している。それに対して、「自分の能力を生かせる仕事」と言った時の「仕事」は、自分の目的をかなえられる労働を意味している。
 私にはこの違いは、日本の伝統的な仕事観と、近代以降の仕事観との相違からきているという気がする。伝統的な日本の仕事観は、自分の役割をこなすことの中にあったのではないか、と。だから、夏の村の仕事が山積みになっている時、私は伝統的な仕事観に基づいて、村の人間としての役割がこなせていないという罪悪感を抱く。ところが、自分の目的を実現するという近代以降の仕事観に立てば、村の夏の仕事が遅れているからといって恥じることはなくなる。私の畑仕事など、趣味でしかないということになるだろう。
  これなら、「文中から対比を挙げよ」は無理な要求ではない。生徒もすぐに指摘する。
   自分の役割をこなす/自分の目的を実現するための働き
  日本の伝統的な仕事観/近代以降の仕事観
これら二つの「対比」は、はっきりと意識的に対比されて文中に明示されている。読む方は、今度はそうした対比を思考の枠組みとして意識しておいて文章のあちこちを読んでみるのである。そうすると、それぞれの部分の文言をどちらかに配置することで「わかる」ようになる(「わかる」とは、以前書いたように、情報を位置付けることができるということだ)。遡って冒頭1ページも、今度はすっきり読めるようになる。例えば2ページ目と1ページ目を見比べて、同じことの言い換えになっているのはどこか、と問う。「罪悪感を抱く」と「よくないことをしているような気分になってくる」の類似に気づく。どちらも秋になったのに「夏の仕事が山積みになっている」ことに対して抱く感情/気分である。そこまでいけば、それよりはわかりにくいものの、「恥じることはなくなる」「趣味でしかないということになる」が「しなくてもよい仕事ばかりである」の言い換えであることにも気づく。対比を対置する目印となる、先に傍線を付した「といっても」「それなのに」などの接続語が、ここでは「ところが」(傍線部)に対応しているのである。
 したがって、ここまでの対比三組を並べてみると
      村の人間として/経済の合理性から見る
   自分の役割をこなす/自分の目的を実現するための働き
日本の伝統的な仕事観/近代以降の仕事観
というふうに変奏していることが理解される。
 1ページ目の対比は「村の人間/経済の合理性」ではない。「村の人間として/経済の合理性から見る」とする必要があるのは、「として」「から見る」が2ページ目の「(仕事)観」同様、ある観点を意味しているからである。

  ここまでくれば後半の2ページも読める。
 かつての日本の人々は、「おのずから」を感じ取りながら「みずから」生きることを理想としていた。このような視点から見れば、今日の私たちの仕事の多くは、「おのずから」を感じ取れない仕事になってしまった。そこにあるのは「みずから」だけである。ここに、自分のために働く時代が展開する。
  この部分から「かつての日本の人々/今日の私たち」という道標を目印に次の対比を抽出する。
「おのずから」を感じ取りながら「みずから」生きる/「おのずから」を感じ取れず、自分のために(「みずから」)働く
  これで読解はほぼ終了である。あとは最初に戻って、筆者の問題提起を疑問文で表現し、それに対応する結論をまとめれば終わりである。だが、文章の集結部は次のようになっている。
 「おのずから」の世界が無事であるためには、自分は何をしなければならないのかを考えながら、「みずから」働く、この仕事観を失うことは、果たして私たちを幸せにしたのだろうか。
最後の最後に疑問文が置かれている。これは自問自答であるとともに、読者に対する問いかけでもあるのだろうが、もちろん筆者がそれにどう答えるのかは、既に読者には自明だ。これは疑問文というよりは反語文である。「(私たちを幸せにしたのだろうか?)いや、幸せにはしていない。」と続くのである。結論はこれである。だからこれをもって最初の課題の答えとしてもかまわないとは言える。
 だが、読み始めた最初の段階でこうした問題提起とそれに対する結論を並べても、それで何かがわかった気になったりはしないはずだ。だから、対比の整理による論理構造の理解を通して、再度同じ問いを投げかけたとき、同じ答えをするならばそれも良い。だが適切な理解を進めてきた生徒は違った疑問文を「問題提起」として掲げる。次のようにである。
今日の我々の仕事観はかつての日本人の仕事観とどのように変わったか?
この文章に潜む「問題」が生徒の手によってこうしたかたちで抽出できることは、まあそうだよなとも思いつつ、同時に深く満足もする。最初の段階ではやはりこうした筆者の問題意識は、自明のことではないのだ。だがこうして抽出されてしまえばあとは自明である。結論は例えば次のように表現される。
  かつての日本人のように「おのずから」を感じ取らず、「みずから」のためだけに働くようになっている。
こうした「問題提起」&「結論」というセットと、先の「仕事観の変化は私たちを幸せにしたか?」(問題提起)&「いや、幸せにはしていない」(結論)というセットを合わせて、初読の段階ではつかみどころのなかった内山の文章は、何程か明確な手応えを露わにしたように思える。

 だが繰り返すが、こうした「まとめ」を教えることには全く意味はない。こうした結論が生徒にとって意味ある教訓だと言うつもりもない。ただ、最初の段階での「わからなさ」が、何程かの「わかる」に変化すればいいのであり、そうした変化は、上記のような作業を生徒自身がこなすことによってしか生じないのである。

 さらに、上記の「まとめ」を形にできたとしても、それが「わかった」ということになるとも限らない。「おのずから」など、この文章で読む限りではベタな自然賛美でしかないようにも読める。そこから環境保護について訴えるというのならともかく、仕事観とどう関わるのか、具体的には想像できているとは言い難い。
 こういった「腑に落ちない」感触は、次の内田樹との読み比べによっていくらかなりと解消する可能性がある。だからここまではまだこの一連の学習の五合目でしかない。

2015年1月24日土曜日

「おのずから」を感じ取る(内山節) 1

 長くなりそうなので分けて投稿する。

 新学期の授業について少々書く。だが扱っているのは「こころ」のように汎用性のある教材ではない。一学期の「ミロのヴィーナス」(清岡卓行)の頃はまだブログを開設していなかった。だが今の時点でそれを授業で扱っていたときの豊穣が記録できるかどうか怪しい。一方最近展開したばかりの授業の感触ならばいくらか表現することができるが、それがどれほど意味のあることかは心許ない。だが意味など求めずに書き出してしまおう。
 内山たかしの「『おのずから』を感じ取る」という随想である。

 内山節の文章は、どれを読んでもいつもぼんやりと印象がない。そのわりには好きな人がいるらしく(と言うか案外多いらしく)、教科書の常連ではある。面白いと思ったことはないので、かつて授業で扱ったことがないのだが、現在使用中の教科書はそもそも教材の選択肢がなく、さらに面白くない姜 尚中かん さんじゅんの文章よりはマシであり、かつ実に面白い内田たつるのとある文章と読み比べることができると見当を付けて読み出した。
 だが、読んで面白いかどうかということと、授業で扱って面白いかどうかは別である。吉本ばななの「みどりのゆび」は作為の透けて見える、安っぽい小説だと思って取り上げてこなかったが、やはり他の選択肢がさらに魅力に乏し過ぎて仕方なく今年授業で扱ってみると、実に面白い発見が相次ぐ、宝の山のような教材だったことがわかった。作為が見えるのも、その作為を敢えて探るという考察が可能になるという意味で、学習教材としては丁度よいとも言えるのである。だがそうした楽しい授業を通して作品の感興が増したかといえば、結局そうでもない。
  ともあれ内山節である。最初の1ページはこんな文章である。
 「おのずから」を感じ取る
 立秋の便りが届いたというのに、群馬県上野村の私の家では、まだ夏の仕事が山積みになっている。畑仕事、夏の山の手入れ、草刈り、木の剪定、こういう状態が続くと、村の人間としては、よくないことをしているような気分になってくる。
 といっても、それらはいずれも、経済の合理性から見れば、しなくてもよい仕事ばかりである。自分で畑を作るよりは、作物をもらったり買ったりしたほうが効率的だし、山の手入れをしなければ困る経済的な理由が、私にあるわけでもない。私の仕事の遅れが、環境や社会に負担を与えていることもないだろう。それなのに、村の人間としては、そう簡単に開き直ってしまう気分にはなれないのである。

 読んでいて「わからない」と感じる部分はないのに、この調子で最後まで読んでも、さて結局何を言っていたのかと考えるとちっとも思い出せない、といういつもの内山ぶしである。
 国語科現代文の授業は生徒に教材となる文章の内容を理解させることを目差しているわけではない。だから教師が文章の内容を説明することには意味がない。だが、仮にそれを目差すとしても、「わからなさ」の構造がどうなっているのかの見当がつかなければ授業の構想が成り立たないはずだ。そもそも自分自身がこの文章を「わからない」と感じている理由が俄には「わからない」。扱われている話題に知らないことがあるとか、論理が難しいとか、抽象性の高い表現がどのような具体例に対応するのか見当がつかないとか、「わからなさ」の要因は様々である。だが、内山の文章はそのような自覚しやすい構造をもった「わからなさ」ではない。まして他人である生徒がどのように「わかる/わからない」のかはなおさら見当がつかない。
 授業で実現しようとしているのは、「わからない」が「わかる」に変化する実感を生徒自身の裡に生じさせることである。わかった内容に価値があるのではない。変化の実感と、そのための生徒自身の思考にのみ意味がある(というのはまあ大げさだが、文章の内容に価値があるかどうかはいわば「余禄」である)。変化を起こすための仕掛けとは、つまり読解の技術である。技術は自覚的に使用できるに越したことはないが、使ったという体験自体に既に意味がある。

 去年から何度か使っているのが、その文章で筆者がとりあげている問題(テーマ)を「~か?」という疑問形で表現し、それに対する筆者自身の結論を簡潔にまとめる、という方法である。この課題に対する「答え」が重要なのでは無論ない。この課題に答えようとする思考が、生徒自身に文章を読ませるのである。上の文章で内山は何を考察すべき問題としてとりあげているのか?
 「問題」は、文章に明示されている場合もある。「~とはなんだろうか。」「なぜ~なのだろうか。」などの疑問文が文中にあれば候補となる。その問いが文章全体のテーマとして取り立てるに値するかを、その結論部とともに検討するのである。だがそうした疑問文が文中にない文章ももちろんある。疑問文が、文章全体のテーマとはつり合わない場合もある。上の内山の文章には疑問文がない。だからどこを目差して文章が綴られているのか「わかならい」。その場合は筆者の結論/主張から遡って、それを導き出した「問題」を読者の方で想定するのである。もちろんこの課題は容易ではない。だがそれができないときに解答を教師が提示するべきではなく、別の迂回路をたどるしかない。ここでも、性急にこの課題の考察に進むことなく、課題の提示だけして先に進む。

 次に別の読解技術を試してみる。「対比」である。
 文中から「対比」を読み取る、という読解方法は、評論の読解においてきわめて汎用性の高い方法である。人間の思考は不可避的に何かと何かを比較することで展開するからである。「二項対立」という言い方をされることも多いが、稀に二項でない場合もある(柄谷行人「場所と経験」の場合は三項対立だった)し、「対立」ではとりあげるべき二項の関係が限定されすぎている。実際には多項が「対立」だったり「並列」だったり「類比」だったりすることもあることを想定して、それらを含むつもりで「対比」といっておく。
 これも、実際に適用するに容易な文章とそうでない文章がある。二項が明示されていない文章があるのである。たとえば上の文章では何と何が対比されているか。明示はされていない。読み取るしかない。読み取ろうとする思考が読解を促す。
 こちらの想定する対比は「村の人間として/経済の合理性から見る」である。これが対比であると感じられるのはたぶん相当に高度な読解力が必要である。最初のクラスでは、無作為に指名しても徒労であることは必至だから、はじめから期待できる生徒しか指名しなかった。だがある生徒が見事にこれを言い当てた(「こころ」において、Kが遺書を書いたのは上野公園の散歩の晩ではないかという説を唱えた生徒である。むべなるかな)。だがどうしてこれが「対比」なのか?
  読解の成立事情を自覚することは、読解自体にとって必ずしも必要ではない。なぜそう読み取れるのか、は、思考のネタとしては面白い場合もある、というくらいのことではある。だが「『こころ』の曜日を特定する」でも、どうして「二、三日」と「五、六日」が重なっていると読めるのかという読みの生成する機制は、自覚できた方が面白いというだけでなく、見解の違う人との議論を可能にするという効用もあるのである。
 上記の対比の場合は、「といっても」「それなのに」という接続が逆接として機能しているから、その前後に何らかの「対比」要素を含んでいることを感じさせ、それが「よくないことをしている」と「しなくてもよい」「困る理由があるわけでもない」といった反対方向のベクトルをもった表現によって支持されることによって読者に「対比」として読み取れるようになっているのである。だがその「対比」要素を引き受けた表現が「村の人間として/経済の合理性から見る」であるところがこの文章の「わからなさ」を生む要因となっている。名詞句や動詞句、形容句、などといった文法的な型の統一もなく、「村/都市」とか「文化/経済」とか「環境倫理/経済の合理性」とかいったわかりやすい名詞で表される概念の対比で明示されているわけでもないからである。
 試みに傍線を付して再掲してみる。
 立秋の便りが届いたというのに、群馬県上野村の私の家では、まだ夏の仕事が山積みになっている。畑仕事、夏の山の手入れ、草刈り、木の剪定、こういう状態が続くと、村の人間としては、よくないことをしているような気分になってくる。
 といっても、それらはいずれも、経済の合理性から見れば、しなくてもよい仕事ばかりである。自分で畑を作るよりは、作物をもらったり買ったりしたほうが効率的だし、山の手入れをしなければ困る経済的な理由が、私にあるわけでもない。私の仕事の遅れが、環境や社会に負担を与えていることもないだろう。それなのに村の人間としては、そう簡単に開き直ってしまう気分にはなれないのである。
やはり長い。後半は次回

2015年1月21日水曜日

『PARTY7』(監督:石井克人)

 確か以前レンタル屋で気になっていたのだが、借りて観たのかどうかの記憶が定かでなかったので録画してみた。始まると、何だか観たような気もする。だが映画が進んでも、はっきりそうだとも言い切れないほど記憶がおぼろである。こういうのが面白い訳がない。半分を過ぎて、ほとんど観るのが苦痛なほどにつまらない。レンタルなのかテレビ放送の録画なのかも忘れたが、たぶん観てる。たぶんというしかないくらい、もしかしたら跳ばし飛ばしの鑑賞だったのかもしれない。今回も途中で4分の1くらい早送りした。結末だけ見届けたが、それで評価がマシになったりはしなかった。
 「スタイリッシュな映像」「密室のシチュエーションドラマ」とかいう宣伝文句に弱いのだ。「Saw」も「Cube」も、邦画なら「12人の優しい日本人」だって、そういう魅力に満ちた映画だった。金の必要な大作と違って機知とアイデアとセンスで(どれも同じ?)で面白くなる。期待してしまう。
 だが、この映画に一体どんな機知とアイデアとセンスがあったというのか?(確かにオープニングのアニメがよくできていたのは認めるが)
 だが、これを面白いと感ずる人が世の中にはいるということは、単に好みの問題に過ぎないということか。
 だが、よく考えられた、感銘を受けるような機知がないことは確かな気もする。どう見ても原田芳雄と浅野忠信の無駄遣いだと思う。
 だが、そんなことは端から求めていない映画なのかもしれない。あれが可笑しいと思う人もいるらしい。信じられないことに。原田芳雄と浅野忠信のやりとりに笑えた、とか。
 むしろやりきれない虚しさを感じたが。

2015年1月20日火曜日

『ウェス・クレイヴン's カースド』(Cursed)

 題名に俳優名の入った邦題の映画は危ない、という一般論は当たっている。同様に、わざわざ邦題に入れられた監督名に引かれて観るが、それほど期待はしていない。
 とはいえウェス・クレイブンである。『エルム街の悪夢』(おお、変換すると「得る無害の悪夢」となる!)も『スクリーム』シリーズも大好きだ。去年あたりには『スクリーム』シリーズ4作品を娘と見倒した。脚本も『スクリーム』のケヴィン・ウィリアムソンだ(『鬼教師ミセス・ティングル』『パラサイト』の脚本も書いてる!)。
 とはいえ(上げ下げするが)、さすが監督の名前入り邦題映画である。あのCGの人狼のちゃちさは何? 結末も、もう一ひねりあるかと期待してるとそのまま終わってしまう(カットされているわけでもあるまい)。
 とはいえ、さすがウェス・クレイブンだという手慣れた演出の冴えも、随所には見られた。腹が立つほどひどい映画だというわけではない。こういうB級ホラーの洋画を見たくなるという欲求は、ジャンク・フードを食べたくなる欲求に似ている。これで、誰が人狼なの? という謎の演出が『スクリーム』シリーズ並にスリリングなら手放しでお気に入り入りなんだけど。
 主演のクリスティーナ・リッチはどこで見た娘かと思って考えたら『モンスター』のセルビーだった。もう一人の主演、ジェシー・アイゼンバーグは『ゾンビランド』の主役だ! と気がつきはしたが、『ソーシャル・ネットワーク』のマーク・ザッカーバーグだったことに気づかなかったなんて! それにしてもどれも似たようなオタク少年役だこと。『スパイダーマン』シリーズのトビー・マグワイアにしろ、『トランス・フォーマー』シリーズのシャイア・ラブーフにしろ、アメリカ映画って、こういう冴えない男優がエンターテイメント映画の主役に選ばれるのが不思議だ。観客の憧れよりも共感を誘う意図なんだろうか?

2015年1月19日月曜日

「ナイフの行方」

 山田太一は、これまでの人生で最も影響を受けた作家の一人だ。最初の出会いである「男たちの旅路」の鶴田浩二、「獅子の時代」の菅原文太と加藤剛、「タクシー・サンバ」の緒方拳、「早春スケッチブック」の山崎努、「真夜中の匂い」の林隆三、「チロルの挽歌」の高倉健…。格好いい大人の男のイメージは、山田太一の作品から学んだ(もちろん自分がそういう歳になってそうなれているかといえば、まるでそうではない)。
 さて、先日の『おやじの背中』の「よろしくな。息子」の渡辺謙は、「星ひとつの夜」でも、かなり「そういう男」を演じていたが、「よその歌 わたしの歌」の渡瀬恒彦や「時は立ちどまらない」の中井貴一は、かなり今時の中年の情けなさも兼ね備えていた。もちろん鶴田浩二も山崎努も、強くて大人で格好良かったばかりではない。その弱さも描かれた上で魅力的な大人の男だったのである。だが、こちらがそういう年齢に近づいてきて、無条件に「大人の男」に憧れられなくなってもきたし、山田太一自身も老いて、「大人の男」でさえも「子供」でいいではないかという慈愛の目で見てしまっているがゆえの人物造型なのかもしれない。
 「ナイフの行方」の松本幸四郎もまた、その系列の「大人の男」である。だがもはや「大人」というよりはっきりと「初老」であり、さらにはっきりと「老人」である「キルトの家」の山崎努にも明らかなように、どう晩年を受け入れるかというテーマは、はっきりとここ十年来の山田作品の傾向を受け継いでいる。同時に若者がどう現実に着地するかというテーマもまた「キルトの家」の三浦貴大や「時は立ちどまらない」の神木隆之介を引き継いだものである。ああ、だがそれとて、「男たちの旅路」の鶴田浩二と水谷豊から描かれていたのだった(水谷豊が「若者」だったのだ)。
 もう何十年も前から、テレビドラマはリアルじゃなくていいと言い続けていた山田太一の、開き直る覚悟が近年の山田ドラマの「みんなで一緒に歌を歌う」という結末に意識的に表れているのだろうが、歌わないまでも「ナイフの行方」でも、終わりはそれに近い、関係者がそれなりに仲良くすることが予想されて終わる、いささか甘ったるい終わり方ではあった。
 だがやはりなんといっても、このドラマでは、ある独裁政権下にある途上国での凄惨な出来事を松本と津川雅彦が若者に語るシーンの緊迫感が肝である。もちろんこのシーンも、途轍もなく非リアルである。打ち合わせをしたわけでもなかろうに松本と津川が掛け合いのように交互に語る。再現シーンやイメージシーンは、多分意図的に挿入しない。ただ二人が語る。語られる話の内容も、登場人物たち自身が「あれは現実だったのか…」とか言ってるくらいに非現実的だ(NHKのサイトではこのドラマを「ファンタジー」と紹介している!)。
 それでも、山田太一のドラマはこれまでも最もリアルなドラマであり続けた。ここでも、そういうことがあるとすると、ぎりぎりこういう空気感でそれが起こるのだろうと感じさせるリアルな手触りが、二人の語りの中から立ち上がっていた。まったく言葉の力によって。だからやはりこれもまた「文学」なのだった。
 ちなみに松本幸四郎が「格好いい大人の男」ぶりを遺憾なく発揮していたのが、この間からたびたび言及している三谷幸喜の「王様のレストラン」だった。あれは本当に素晴らしいドラマだった。

2015年1月18日日曜日

「こころ」10 ~曜日を特定する

  「こころ」の授業について以前3回に分けてアップした「曜日を推定する」授業展開は、今年度の「こころ」の授業の中では最大の収穫だったから(尤も、「遺書を書いたのはいつか」も、授業展開としては扱わなかったが、大きな収穫であった)、この冬休みに、まとめて発表できる体裁に整理してみようと思っていた。あちこちの文章を書き直しているうち、過去の記事「曜日を推定する」の本文も、直したものに更新したくなっていたのだが、最終的な文章はブログ初出掲載時の1.5倍ほどになり、その変化も記録に留めておきたくなったので、あらためて別エントリーとしてアップすることにした。長いものなので、置き場所を定めてリンクを貼っておくだけでもいいかとも思ったが、ネット環境にいまいち不案内で結果が怪しいので、無茶だとは思うがブログ本文としてもアップする。
 一応PDFをGoogleドライブに置いてみる。
 ついでに、スクロールだけでなく、章立てをしておいてジャンプできるようにリンクを付けようと思ったのだが、試行錯誤の結果、断念。章見出しのみ残す。

1.出来事を時系列順に確認する

  現在「現代文」教科書に収録されている「こころ」本文は、出版社によってその始まりと終わりに若干の違いはあるものの、基本的には第三部である「下」の40章から48章までを共通部分としている。48章で「K」が自殺したのは「土曜の晩」である。では、45章の「奥さんとの談判」、あるいは40章の「ある日」は何曜日のことか? これらを特定しようというのがこれから展開する授業である。
 まず黒板の右の端に40章「ある日」と書き、左の端近くに48章「Kの自殺」と書く。また、それより左に、後述する内容を書くための余白をとっておく。「ある日」とは図書館で調べ物をしていたら「K」が訪れて、その後上野公園を散歩することになる日のことだ、と確認しておく。この始点と終点の間にあった出来事がそれぞれ何曜日のことか、可能な限り精確に推定せよ、と指示する。3~4人のグループを作って話し合いながら進めるように指示する。
 これだけで生徒の話し合いはすぐに盛り上がる。せっせと教科書をめくりながら、これがいつのことで、そこまでにどれだけ間が空いてるはずだから…、と互いに気がついたことを出し合う。
 しばらく自由に話し合わせておいてもいいのだが、時間を短縮する必要があれば、もしくは考えに行き詰まって集中力をなくすグループが出てくるようなら、一旦話し合いを中断し全体を集中させて、「ある日」と「Kの自殺」の間に、本文にあった出来事や場面を挙げさせて書き出していく。この段階ではまだ曜日について言及しなくてもよい、ただ物語中の出来事の順番を確認するのだ、と言っておく。次々と指名した生徒が挙げるエピソードなり本文の一節なりを、それまでに挙がった出来事の前後のどの位置に書くべきかを確認して、黒板に書き出していく。

 40章  ① ある日~図書館
 40~42章  上野公園の散歩
 42章    黙りがちな夕飯
 43章  ② 真夜中のKの訪問「もう寝たのか」
 43章  ③ 「その日」~登校途中、Kを追及するが明確な答を得ない
 44章    「覚悟」について考え直す
 44章    仮病を使って学校を休む
 45章  ④ 奥さんとの談判「お嬢さんを下さい」
 45~46章  長い散歩
 46章    夕飯の席で奥さんの態度にひやひやする
 47章  ⑤ 奥さんがKに婚約の件を話す
 47章  ⑥ 奥さんから⑤の件を聞く
 48章  ⑦ Kの自殺

 実際には右のように章番号ではなく、使用している教科書のページや行番号を付して書き出していく。
 また、授業を行う全てのクラスで右のように各項目が整理されるわけではない。右のそれぞれの出来事の一部が分割されて挙げられてしまうかもしれない。例えば「上野公園の散歩」の中の一部分の描写や台詞が次々と挙がったりもする。あるいは「出来事」として特定できない記述を挙げる生徒もいる(「胸を重くしていた」「Kに説明するのが厭になった」など)。かまわない。授業者は生徒の発言を整理整頓しながら、ともかくも物語の流れを黒板一面に整理していくのである。とりあえず右の①~⑦は少なくとも挙げさせて、書き出しておきたい。
 この中で、②や④に比べて③や⑥は「出来事」としてはエピソードとしての立ち上がりに欠け、挙がりにくいかもしれない。しかしさらに⑤を挙げる生徒は少ないはずだ。物語の前面に、時間の順通りには表れていない「出来事」だからだ。だがこの⑤は、この授業展開にとってとりわけ重要な出来事なので、誘導してでも挙げさせておきたい。
  さてここまでは、物語の流れを大きく捉える、ということであるいは広く行われている授業過程かもしれない。もちろんそれは有意義な過程である。だがここに「曜日の特定」という問題を課すことによって生徒の話し合いは格段に盛り上がる。単に書いてあることを書いてある順に挙げていく、という以上に、明らかになってはいない「謎」について考察するからである。それぞれの出来事の曜日は、その都度明示はされていないから、問題として問われると直ちに「謎」として議論の俎上に乗るのである。そしてその「謎」を解こうという動機が、物語の流れを整理する読解を促す。

2.日程経過を示す手がかりを確認する

 また、これも時間の短縮が必要ならば、展開の整理のためにこちらで主導して、次の事項を順次確認して、右の板書の左の余白に書き出していく。

 44章 二日経っても三日経っても
 44章 一週間の後
 47章 二、三日の間
 47章 五、六日経った後
 48章 二日余り

 本文中で曜日が明示されているのは⑦「Kの自殺」が「土曜日の晩」であったという記述だけである。したがって課題の「曜日の特定」は、右の日程(日の隔たり)の記述を手がかりとして、遡りながら曜日を特定していくしかない。このことを確認してさらに議論を続けるよう指示する。
 以上は、段階を追って丁寧に展開する場合の展開例だが、比較的集中力が持続し、自主的な話し合いがある程度進むような教室ならば、直ちに曜日の特定についての考察の成果を聞いてもいい。その際、曜日の特定の根拠となる記述についても確認していく。つまり、「とりあげるべき出来事の確認」と「曜日を特定するための手がかりの確認」と以下の考察を同時並行で進めていくのである。
 また、以上の展開過程と以下に述べる授業展開全体を1時限に収めるつもりならば、ここまでの諸項目は授業者によって提示してしまうしかない。だが、問題の在り処と解決のための手がかりの発見は、それ自体に国語科学習として意義のあることではある。とりわけ、授業の最初期の段階では、生徒自身に物語の全体像を自分で把握させるためにも意義深い。したがって、2時間展開が許されるならば、一旦は上記のように「出来事」「手がかり」だけを確認してから、再度「曜日の特定」の考察のために時間を取る、という段階を踏む方がグループ毎の議論のばらつきを揃える点でも好ましい。

3.奥さんがKに話したのはいつか

 さて、再び生徒による議論の時間を経て考察の成果を発表させる。最初に特定できるのは⑤「奥さんがKに婚約の件を話す」である。勿論生徒の発言がそこから始まるとは限らない。最初から④やそれ以前についての考察結果が提出されるかもしれない。だから議論を整理して進めたいなら、直截、⑤は何曜日か? と聞いてしまってもいい。
 答えは木曜日である。⑤と⑥「奥さんから⑤の件を聞く」が「二日余り」と「勘定」されているからである。だがそもそも、ここにつまずく生徒もいる。こんな明白な推論に、何をつまづくのかと不審に思って訊いてみると、どうやら⑥が⑦と同じ土曜日だと考えていないようである。つまり、奥さんから⑤の件を聞かされた⑥の出来事と、「二日余り」と「勘定」したのが同じ日だということを理解していないか、もしくは「勘定」してから「私が進もうか止そうかと考えて、ともかくも翌日まで待とうと決心した」「土曜の晩」までに日をまたいでいると解釈しているのである。⑥と⑦が同じ日との出来事であるとごく自然に読んでいる教師にはこうした解釈の可能性が盲点になっている。なぜこうした、不思議な解釈が生ずるのだろうか。
 そうした生徒自身には自らの解釈の推論過程を明晰に語ることは難しいのでこちらで推測してみる。まず、⑥が語られる47章から⑦の48章にかけて章の変わり目をはさんでいることによって、⑥と⑦の連続性が捉えられていないのかもしれない。あるいは、48章に入ってから「勘定してみると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります」とある「二日」が、⑥と⑦の経過(実際は⑤と⑥⑦との経過)と混乱するのかもしれない。
 だが翻って47章の⑥と48章の⑦が同日内の時間経過であることはどうして確信できるのだろうか。ごく自然にそう解釈している生徒にそう問うても、答えるのは容易ではないはずである。だが議論のためには根拠を挙げる必要がある。国語科授業において重要なのは「結論=正解」ではない。どう考えるか、である。したがって、授業時に⑥と⑦が同じ土曜日であることを前提とした発言しか生徒から出てこなかったとしても、敢えて同じ日でない可能性を提示して、同じであることの妥当性を論じさせることには意味がある(筆者の授業では最初から生徒の意見が図らずも分かれたのだが)。
 繰り返すが、これは難しい問いである。正しく読むことより、読みの生成過程を自覚することの方がはるかに難しい。筆者の考えでは、根拠となるのは48章の二段落の冒頭「私が進もうかよそうかと考えて、ともかくも翌日まで待とうと決心したのは土曜の晩でした。」の「翌日」の一語である。「翌日」という時間経過を表す語は、その起点となる「本日」を前提する。読者はこの「本日」がいつなのかを無意識に定位している。一方、「二日余り」と「勘定」するという行為は、ある期間の始めと終わりを不可避的に特定する。このとき、この終わり、つまり「勘定」した当の日、即ち⑥のあった日が「本日」として定位されるのである。
 ちなみに「二日余り」の「余り」というのは何だ? と聞いてみる。「二日余り」に「三日」の可能性を含めれば⑤が水曜日という可能性もあるということになる。だが、恐らくそうではない。「二日余り」が他と同じ「二、三日」という表現でないことから、奥さんはそれがいつのことだったかを明確に言ったはずであり、だからこそ「二日余り」という「勘定」が成立しているのである。つまり奥さんはそれが「木曜日」か「一昨日」のことだと話したのである。とすると、「余り」という表現は、奥さんとKの話が日中もしくは夕方のことであり、「私」が「勘定」したのが夜であることを意味しているのだと考えるのが自然だ。どこのクラスでも、何人かに聞いてみるとこうした推論をする生徒は必ずいる。同意して先へ進む。

4.奥さんと談判をしたのはいつか

 問題は次の段階である。④「奥さんとの談判」が開かれたのはいつか?
 47章の「二、三日の間」と「五、六日経った後」から考えられる結論として生徒の挙げる曜日は木曜日から月曜日までにばらつく。なぜか。⑥の土曜日から遡る日数が、五~九日の間でばらつくからである。最短の五日ならば月曜日で、最長の九日ならば木曜日である。どうしてこんなことになるのか?
 ここからがこの考察の最も肝となる部分である。こうした結論のばらつきを示した上でそうしたことが起こる理由とその決着へ向けて思考を促す。話し合いの中で問題点が捉えられてきた様子が見えてきたら、全体で確認する。
 問題は「二、三日の間」と「五、六日経った後」の関係がどうなっているか、である。ここが二通りの解釈を生じさせていたことが、先のばらつきとして表れたのである。最長の九日とは、「二、三日」と「五、六日」を合計してその多い方の日数「三+六=九」を数えたものである。一方最短の五日とは、合計せずに「五、六日」の短い側の日数の五日を数えたものである。つまり「二、三日」は「五、六日」と重なっており、長い方の「五、六日」に含まれると考えられる。
 問題点を整理したら、あらためて問いの形で生徒に投げかける。「二、三日」と「五、六日」は足すべきか、足すべきではないか? 両者は重なっているのか、重なっていないのか? 文中から根拠を挙げて、結論とそこに至る推論の過程を述べよ。
 最初に示した「曜日を推定する」という課題自体は、実はそれなりに物事を筋道立てて考える生徒ならばすらすらと結論に辿り着いてしまう課題に過ぎないのかもしれない。何を「正解」としてこちらが用意しているかというだけなら、そうした「正解」者は、学校によっては大半を占めてしまうかもしれない。だが、順を追って、誤解の可能性を提示しながら、それを否定する根拠を考えること、及び自分の推論の妥当性を語ることは、右に見た最初の推論過程に明らかなようにそれほど容易ではない。「なんとなく重なっている(重なっていない)ように感じる」では議論にならない。重要なことはこちらからの結論の提示ではなく、生徒に推論の過程を語らせることである。そもそも国語教師の間でもこれから述べる結論が了解済みのものとは限らない(実は違った見解を述べた研究を見たことがある)。だからこそ必要なのは「結論=正解」ではなく、推論の妥当性についての議論なのである。
 だがそれを語るための手順は自明ではない。ほとんどの生徒は結局本文を未整理なまま辿って「だから重なっている(重なっていない)と思う」と言うしかない。もちろん問題点を明晰に自覚する生徒もいるかもしれない。だがそうした発言が議論の場に出てこなければ、必要に応じて新たな着眼点を提示する。そこであらためて次のように問う。
 「二、三日」と「五、六日」の始点と終点はどこか? 「二、三日」と「五、六日」はそれぞれ、何から何までの間隔を数えたものなのか?
 先の「二日余り」ではこうした疑問が生じない。始点と終点がはっきりしているからだ。「勘定してみると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。」は「奥さんがKに話をし」た日(⑤)から「勘定してみ」た日(⑥)の間を数えたことが明らかである。したがって⑥の土曜日から遡って⑤が木曜であると特定できる(それでさえ⑦の「Kの自殺」までが同日であることを確信するためには右のような議論が必要となるのだ)。だが「二、三日」と「五、六日」では、話はそれほど簡単ではない。
 「五、六日経った後、奥さんは突然私に向って、Kにあの事を話したかと聞くのです。」から、「五、六日」の終点が、奥さんが私に、Kに婚約の件を話してしまったことを話す⑥の出来事があった土曜日であることは明らかである(先の結論を認めるならば)。では始まりはどこか? どの時点から「五、六日経った」と言っているのか? これは「二日余り」のように自明ではない。判断のためには、47章の前半を一掴みに把握する読解力が必要となる。明らかに始点を示すと思われる記述はなかなか見つからない。遡っていくと、46章の終わりに次の一節が見つかる。
私はほっと一息して室へ帰りました。しかし私がこれから先Kに対して取るべき態度は、どうしたものだろうか、私はそれを考えずにはいられませんでした。私は色々の弁護を自分の胸で拵えてみました。けれどもどの弁護もKに対して面と向うには足りませんでした、卑怯な私はついに自分で自分をKに説明するのが厭になったのです。
そこまで、具体的に日時を特定できる出来事らしきものの記述はなく、思考内容が記述されているばかりであることから、結局「五、六日」の始まりはこの「室へ帰」った時点であると読むのが適当だと思われる。そこから「どうしたものだろうか」と「考え」たり、「弁護を自分の胸で拵えてみ」たり「Kに説明するのが厭になった」りする逡巡の中で「五、六日経った」ということなのである。
 一方「二、三日」の始まりはどこか。問題は「私はそのまま二、三日過ごしました。」における「その」が指しているのは何か、である。「まま」は状態の継続を表す接尾語だから、「その」が指している状態を判断すればいい。これは結局、右の引用部分の「考えずにはいられませんでした」や「Kに説明するのが厭になったのです」である。
 つまり、「二、三日」と「五、六日」の勘定の始まり、起点は同一ということになる。ということは、両者は重なっている、足すべきではない、ということになる。したがって「二、三日」は無視して最短五日、最長六日と考えるべきなのである。
 これで一応の結論は出た。Kが自殺した土曜日から遡ること「五、六日」前に私の逡巡が始まったのであり、それはすなわち奥さんとの談判を開いた日(④)に他ならない。とすれはそれは日曜か月曜である。だがこの二つの可能性は容易に一つに結論づけられる。なぜか? 気付く生徒が現れるまで待つ。誰かが気付く。「仮病を使って学校を休む」からには日曜日ではない。したがって月曜日なのである(現在の曜日制はグレゴリオ暦を官庁が採用した明治六年から始まっているから、「こころ」の舞台である明治三十年代には当然日曜は学校が休みだったと考えていい)。つまり④の月曜から⑥の土曜までは実は五日だったということになる。遺書という場でそうした日数を正確に限定することの不自然さを思えば、ここに「五、六日」という曖昧な表現が使われていることは全く自然なことである(だからこそ先ほどの「二日余り」は奥さんが「木曜日」か「一昨日」と言ったのだろうという推論が成り立つ)。

5.「二、三日の間」の意味

 「曜日を特定する」という課題に対してはこれをもってこの部分の結論が出たように見える。だがことはそれほど簡単ではない。まだ次のような疑問が残っている。それは先に問いかけた「二、三日」の終わりはいつなのか、という疑問である。「二、三日」とは、「2…3…4…5…6」と「五、六日」を数えていく途中過程に過ぎないのであり、殊更に終わりがいつなのかは問題にすべきではないのだろうか? ならばなぜ漱石は「二、三日」という途中経過を書き込んだのか?
 だが実は「二、三日」と「五、六日」が重なっているか重なっていないかという問題の本質は、両者を区切る切れ目、カウンターをリセットして日数を数え直すエポックメイキングな何かを認めることができるかどうかという点にある。つまり「二、三日」と「五、六日」を連続した日数だと見なして合計してしまった人は、無意識にその切れ目を前提しているということだ。とすれば「二、三日」は「私は何とかして、私とこの家族との間に成り立った新しい関係を、Kに知らせなければならない位置に立ちました。」とか「私はこの間に挟まってまた立ち竦みました。」などといった記述をもって終わりの区切りをなしているのであって、同時にそこを始まりとして「五、六日」と数え直したのだとも考えられるのである。では、両者が重なっていると結論するのは早計だったのだろうか?
 そうではない、というのが筆者の結論である。推論の過程としては先述の考察の方が妥当性が高いと考えられる。右のような記述は切れ目としては曖昧で弱いからである。やはり「室に帰」った日を「二、三日」「五、六日」両方の始点としてとして考えるべきだと思う。
 ならばなぜ「二、三日」という途中経過を示す必要があったかといえば、この「二、三日」を48章の「二日余り」との関係で考えさせるためなのではないか。つまり前者の「三日」(④月曜から⑤木曜まで)と後者の「二日」(⑤木曜から⑥土曜まで)を足したものが、月曜から土曜までの「五日」なのである。
 そしてその「三日」目にはいったい何があったか。先の考察によれば、その「三日」目こそ、⑤が起きた木曜日なのである。そう思い至ったとき、にわかに一つの記述が注目されてくる。
 先の「位置に立ちました」とか「また立ち竦みました」に匹敵するような区切りの候補となる記述として、47章の前半には「私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそう言ってもらおうかと考えました。」という記述がある。だがこの思いつきは「しかしありのままを告げられては、直接と間接の区別があるだけで、面目のないのに変わりはありません。といって、こしらえごとを話してもらおうとすれば、奥さんからその理由を詰問されるに決まっています。」と続く思考によってすぐに否決されてしまう。だから、読者にとってはこれも五日間の逡巡の一過程に過ぎないものとして読み流されてしまう。だがこの記述を、漱石は周到な計算のもとにここに置いているのではないか?
 47章の最後までを視野に入れて考え直してみると、実は「私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそう言ってもらおうかと考えました。」という思いつきこそ、この五日間における、月曜から数えて「三日」目、木曜日の思考だったのではないか、という可能性に思い至る。そう考えると、何のことやらここではわからない「二、三日」という途中経過がにわかに意味ありげに見えてくる。「私」が「奥さんに」「言ってもらおうかと考え」たちょうどその頃、まったく皮肉なことに、「私」の知らないところでまさに奥さんはKにそのことを話してしまっていたのではないか。「私」がもっともらしい理由を付けた逡巡の挙げ句に否認したにもかかわらず。
 そしてこの奥さんの行動が、実は決定的な悲劇をもたらした大きな要因であったことを考えると、漱石がさりげなく置いた「二、三日」という途中経過に、どれほど大きな運命の皮肉がこめられていたかに、あらためて驚かされる。

6.上野公園の散歩はいつか

 議論を先に進める前に、ここまでの過程で、Kが自殺した土曜日と、奥さんとの談判のあった月曜日が、それぞれ本文のどの記述からどの記述までに対応しているかを確認することも重要である。生徒の苦手とするのは、ある程度の長さの文脈を一気に把握することだ。いま目で追っている文章が前後の文脈の中でどのような位置にあるかを捉えることは、文章を読む上で決定的に重要である。「土曜日」「月曜日」という認識が、どれほどの長さの文章を把握する際に必要な枠組みなのかを意識させたい。
 「土曜日」の始まりは47章の「五、六日経った後」だ。ここから所収の48章の終わりまで土曜日の深夜が続いている。
 一方「月曜日」の始まりは、右の考察にしたがえば44章の「一週間の後」から46章の終わりまでである。その日のうちに「仮病を使って」から「談判」、神保町界隈の彷徨から夕飯までが含まれるのである。「室に帰」った時点を「二、三日」「五、六日」の始点とするという推論をしてもそれが④と同じ日の夕方のことだとわかっていなければ議論を先に進めることはできない。
 同様に、同じ一日であることが明らかな部分を確認させると、さらに長いのは教科書所収の40章の冒頭「ある日…」から43章後半部の「しかし翌朝になって」の直前「私はそれぎり何も知りません。」までの一日である。生徒はページをめくりながら「ここもまだ同じ日かぁ。長え!」などと言って確認している。3章半に渡るこの部分に、重要な情報の詰め込まれた①「上野公園の散歩」や、謎めいた②「真夜中のKの訪問」が含まれる。はたしてこれはいつのことなのか?
 考えるべき点は44章の「二日経っても三日経っても」と「一週間の後」の関係である。考え方の手順は既に生徒たちも把握している。結論としては47章「二、三日」と「五、六日」の関係と同じく、始点を同じくする同一の時間経過を含む期間であると考えていいだろう。根拠は何か?
 上記にならって、「三日」を「一週間」と区切る特定の出来事が見出せないからだ、という言い方は勿論可能だ。だがそれよりも重要な根拠と考えられるのは「一週間の後私はとうとう堪え切れなくなって」の「とうとう」である。「とうとう」は、その前に経過を前提する副詞である。「二日経っても三日経っても」という途中経過を受けていると読み取るからこそ「とうとう」が自然なものとして感じられるのである。そうした途中経過の言及がなぜ必要かといえば「いらいらしました」という焦燥が生じたという変化が、この「一週間」のうちで起こったからである。
 ではその始点はどこだと考えればいいか? この「一週間」は、「私はいらいらしました。…私はとうとう堪え切れなくなって」から、奥さんへの談判の「機会をねらってい」た期間だと考えられるから、始点はそう思うようになった44章「私にも最後の決断が必要だという声を心の耳で聞」いた日、「覚悟」について考え直した、上野公園の散歩の日の翌日である。つまり③「その日」である。とすれば、奥さんとの談判を開いたのが月曜日という先の結論から遡ること「一週間」、前の週の月曜日がそれである。
 では40章の冒頭①「ある日」はその前日ということになるが、これで全ての曜日を特定したと考えていいだろうか?
 意味ありげな沈黙をしばし続けて、どう? と促してから問うと、ちゃんと考えている者は、そうではない、と答える。「ある日」の続きは「私は久しぶりに学校の図書館に入りました。」である。つまりこれが日曜日だと考えるのは不自然である。では土曜日か月曜日か? 二択だと迫ると、翌日であるところの「その日」は、「同じ時間に講義の始まる時間割になっていた」とあることから平日であるとの論拠を指摘する生徒が現れる。つまり40章の①「ある日」が月曜日、翌日43章の③「その日」が火曜日なのである。では「いらいら」と「機会をねらっていた」のは「一週間」ではなく実際には「六日」ということになる。だがここは、出来事のあった時点から何年も経って書かれた遺書によって回想された過去だということを考えれば「六日後になって」などと正確な日数を書く方がむしろ不自然である。物語が大きく動く「ある日」から数えておおよその期間として「一週間」と書くことの自然さは当然認めていいはずである。

 長い推理過程を経て、教科書収録部分の曜日が確定した。先の板書に沿って確認するなら、次のようになる。

 40~42章 月曜 ① 「ある日」~上野公園の散歩
 43章           ② 真夜中のKの訪問「もう寝たのか」
 43~44章 火曜 ③ 「その日」~「覚悟」について考え直す
 44~45章 月曜 ④ 奥さんとの談判を開く
 47章      木曜 ⑤ 奥さんがKに④の件を話す
 47章      土曜 ⑥ 奥さんから⑤の件を聞く
 48章      土曜 ⑦ Kの自殺

 以上の設定を、漱石が計算していたかどうかを怪しむ向きもあろう。これは穿ち過ぎ、深読みに過ぎるのではないか?
 だがこうして推論を重ねてみた感触では、漱石は周到にこうした設定をした上で書き進めているように思える。48章に唐突に登場する「土曜日」という曜日の指定は、翌朝が日曜日であることによって奥さんや下女が早くに起きてこないことに必然性を与えるための設定だと考えられるが、そこから遡る出来事の曜日は、明確な時間経過の把握に基づいて設計され、不自然でない程度の日数の明示によって読者の前に提示されているように感ずる。

7.曜日を特定する意義

 筆者の授業では、ここまでの授業展開はちょうど2時限だった。物語中の出来事の曜日を特定するぞ、と宣言してから最後に冒頭が前の週の月曜日であるという結論に達するまで、中身の詰まった2時限である。もちろん、最初の確認事項などはこちらから提示してしまえば時間を短縮することができる。あるいは個々の問いを投げかけてから生徒の考察時間を取って結論を出すというサイクルにかかる時間は生徒次第だから、その反応速度によっては1時限でこれを展開してしまうことも不可能ではない。そうすれば、相当密度の濃い、充実した手応えのある展開になるだろう。
 一方で、こちらが一方的に説明してしまえば、以上の推論過程を10分程度で語ることも可能ではある。結論だけなら3分でいい。だがそんなことに意味はない。「二、三日」と「五、六日」の関係をどう考えたらいいのか、などの問題点を発見したり、解釈の根拠を文中から探したり、妥当な結論へ向けての推論過程及び議論そのものにこそ、国語科としての学習の意義があるからだ。
 そしてそうした過程は、生徒にとっても面白いはずである。あるクラスで最終的な結論が出たところで授業が終了した直後、教卓のところへ近寄ってきた生徒が「すっげえ面白かったです。」と言ってくれたのは、そうした手応えがあながち見当外れでもないことを感じさせてくれた。
 そしてこの展開には、面白いだけではない意義があると考えている。むろん、読解及び議論の実践学習としての意義は上述の通りだ。だがそれだけではない。これから「こころ」を読む上で、以上の認識はきわめて重要であると考えているのである。なぜか?
 まず、出来事の起こる順とその経過時間の感覚、そこでの「私」の逡巡がどれだけの期間に渡るものなのかを実感として想像する上で、曜日を特定しておくことは現実的な手がかりになる。
 そしてさらに重要なことは、上記の⑤「奥さんがKに婚約の件を話す」が木曜日だということを確認することの意味である。この出来事は、当の木曜日の時点では物語の前面には表れることなく、「私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそう言ってもらおうかと考えました。」という皮肉な記述の裏面で「私」に知られることなくひそかに起こって、それが表面に浮上するのは⑥の土曜日である。そしてその晩にKは自殺する(⑦)。こうした情報の提示によって、読者は⑤と⑦がきわめて近い時期に起こったかのような錯覚に陥る。そしてそれはそれら二つの出来事の因果関係を殊更に意識させることになる。すなわち、Kはお嬢さんと「私」の婚約を知って(また、「私」の卑怯な裏切りを知って)自殺したのだ、と。
 この錯覚によって読者は、例えば53章で「Kがたった一人で淋しくってしかたがなくなった結果、急に処決した」と語られる「Kの死因」を、「親友である『私』に裏切られたばかりか、大好きなお嬢さんをも失って、耐えがたい孤独に陥ったのだ」などと解釈してしまう。この勘違いは「急に処決した」の「急に」から、⑤と⑦が連続して起こっているかのように錯覚してしまうことから生じたのだと言える。だがこの「急に」は、正確に読むならば⑤によって「K」が「急に処決した」のではなく、⑥と同じ日の晩に起こった「K」の自殺を「私」が「急に」起こったものだと感じた、ということである。さらに53章では、「K」の「淋し」さとは「失恋」とは別のものであることがわかる。つまり「K」は「私」とお嬢さんの婚約を知って「急に」「淋しくってしかたがなくなった」のではないということである。実際にはそこには、いわば盲点になっていてあまり意識されることのない空白の「二日余り」が横たわっているのである。
 こうした誤解は、実は漱石が意図的に読者をミスリードしようとした結果であると筆者は考えている。「私」が49章で「私が悪かったのです」と奥さんに告白してしまうことや、51章で葬式の際に心の裡で「早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いた」りするのも、そもそも語り手である「私」自身が同様の錯覚に陥っているからである。このような解釈はただちに「エゴイズムと罪」をテーマとする小説としての「こころ」観を成立させる。いわく「私のエゴイズムがKを死に追いやった」のである。
 だが、冷静に「二日余り」の時間経過の意味するものを考えるならば、「K」は親友に裏切られたり好きな女性を失ったりしたことで「急に」「たった一人」になったのではなく、親友がそのことを自分に言わないでいることによって「たった一人」であることを感じたのである。もちろん「言わなかった」のもまた「私」の「エゴイズム=利己心」によるものだと言っても間違いではないが、より重要な要因は「私」が自覚すらしていない意思疎通の不全である。つまり直接的に④の事実が「K」を死に追いやったのではなく、それが「奥さん」から「K」に伝えられたという⑤の木曜日から土曜日までの「二日余り」が、「私」の知らないところで「K」を死に追いやっていったのである。
 この違いは重要である。この「二日余り」が意味するものを考えさせる準備として、この「曜日を特定する」という授業過程はきわめて意義深いと筆者は考えている。その時、「こころ」という小説は、「エゴイズム=利己心」といったテーマで把握される物語とはまるで違った、個人の「こころ」が互いに不可視なものとなった近代を描く物語としての相貌を見せるはずである。

2015年1月17日土曜日

『問題のあるレストラン』

 先日、成人式のために帰省した娘と、3回半目くらいになる『おやじの背中』の「ウェディング・マッチ」を見直したんだが、やはり驚くべき作品なのだった。勿論演出の鶴橋康夫のカメラワークも、役所広司と満島ひかりの演技も驚くべきレベルだったから、総合的にみて奇跡的な作品になりえたのだが、そもそもはそれだけのものを喚び寄せるだけの脚本なのだろうと思っていた(ところで、調べてみると、平成26年度(第69回)文化庁芸術祭で、優秀賞を受賞しているのだった。『おやじの背中』のあの錚々たる脚本陣の中で、「ウェディング・マッチ」単独の参加、受賞だというのは審査関係者の炯眼に敬意を表したい。ついでにテレビドラマ部門の大賞は山田太一ドラマスペシャル「時は立ちどまらない」で、テレビドキュメンタリー部門の大賞は「君が僕の息子について教えてくれたこと」だ。どっちも観てる)。
 で、脚本の坂元裕二の新作『問題のあるレストラン』が始まった。第一回からすでに驚くべき作品である。会社のセクハラ・パワハラの描写はさすがにちょっとやり過ぎ感は否めないが、そうした些細な瑕疵を問題にしないほどの力のある描写、細部まで作り込まれてなおかつスピード感のある会話、エピソードの印象深さ、今後の展開に期待させるワクワク感。この、物語としてのテンションが最後まで維持できるなら、思い出深い作品になることは間違いない。居間にいるときにわざと観始めて誘惑したところ、さすがに去り難い思いを生じたものか最後まで一緒に観ていた息子と、終わってすぐ「すごい」という感想で一致したのもそれを証している。
 とりわけ、レシピに書かれた日記を主人公と友人が読むシーンは見事だった。デビュー時から比較される野島伸司は、私の中では「エセ文学」なのだが、それよりも坂元裕二の紡ぐ言葉の方が遙かに「文学」だと言っていい。

2015年1月15日木曜日

「オリエント急行殺人事件」

 前にあんなこと(またはこんなこと)を書いていることに責任を感じて「オリエント急行殺人事件」を観る。クリスティーの原作を三谷幸喜が脚色したテレビドラマ。
 あまりに有名なあのトリックは、原作を読んでいなくとも知っていて、シドニー・ルメット監督のオールスター・キャストの映画も、観る前から真相だけはわかっているという甚だ不公正な鑑賞をしたので(無論重厚な作品ではあったが)、やはりそれほど面白くはなかった。
 今回のドラマ版は昭和初期の日本を舞台にした日本人キャストによるリメイクなのだが、二日連続の放送の前編は、驚くほど忠実に原作(というか上記映画)を再現している。問題は、犯人側から、犯行の計画から実行に至るまでの過程をたどりなおす後編である。もちろん企画としては楽しい。だが、結果としては、企画を発想した時点で想定される内容を全く超えない、凡庸なものだった。原作の裏側に、さらに驚くべき真相を構築しているとか、犯人の人間ドラマが胸に迫るとかいうこともなく、犯行を、原作から想定される手順で描くことに終始していた。もちろん「人間ドラマ」は、描こうという意図は見えているものの、単に描けていない、というだけである。役者や演出のせいではない、という印象だった。やはり脚本にそれだけの深みがないのだろうと思った。もちろん復讐のための殺人などというモチーフを「人間ドラマ」として描くことには端から無理があるのだ。ミステリーにおける犯行の動機などは、最初からお約束でしかないのだし、そこに創意をもちこんで描いていけばどれほど長大な作品になってしまうことか。結局「復讐」というドラマの重さに不釣り合いな軽いノリに違和感ばかりが募った。
 ああ、それでも前後編で5時間にも及ぶドラマを意地になって見通すと、それなりの充実感があって、作品世界に対する親和感も生ずるのだった。だがこれは無理矢理だよなあ。
 ただ、探偵役の野村萬斎の怪演だけは、これが作られた価値をかろうじて存在せしめている。明らかに狂言の演技をあえてそのまま現代劇に持ち込もうというコンセプトで演出されているのだろうが、ポアロのキャラクターに狂言の演技という不思議なマッチングの異化効果は面白い試みとして記憶に留めても良い。

2015年1月12日月曜日

「昨夜のカレー 明日のパン」

 結局、放送終了から遅れること2ヶ月で、ようやく録画しておいた最終回を見終わった。もちろん最近の三谷幸喜と違って、木皿泉に外れなしだ。まあクドカンのようにはいかないが。
 前に書いたとおり、「奇妙な不穏さや悲しみを背後に隠した穏やかな空気」に満ちたドラマだった。主人公テツコの住む家には、テツコの夫と、義理の母という二人の死者の存在がまだそこここに残っていて、それでも残された義父と二人で暮らす奇妙な、けれど真っ当な生活が、美しいオープニング映像や題名にもある「食事」によって象徴されている。あちこちに実に頻繁に食事のシーンが描かれるのは無論意識的である。生きている者は、食べるという行為に象徴される生の営みを止めることはできない。そのことを自覚しつつ死者を思い、忘れていく。
 惜しむらくは、テレビ的な要請によるものか、やはり明らかにテレビ的なノリのおふざけがそこら中に演出されている。もちろんクドカンのようにそれで笑えるようなレベルのギャグではない。といってほのぼのとしたユーモアを感じられるところが心地良いというわけでもない。もっと思い切って真面目にやっていいのに。木皿泉のファンはそれを望んでいるんじゃないのか? 「すいか」のように。
 もちろんそんな冒険をしてしまうと、視聴率を期待するのが難しくなってしまうのかもしれないという恐れがテレビ側にあるのだろうが、たとえば「半沢直樹」だって「家政婦のミタ」だって(観てはいないが)、軽いノリでふざけることによって視聴者に媚びるようなことなしに高視聴率を獲得したのだろう。何がその作品の価値なのかを、素直に、当たり前に、率直に、真っ当に追求してみれば、木皿泉の作品はこういう風にはならないはずなのに。
 だが実は、もしかしたら木皿自身がこういうタッチのドラマを望んでいるのかもしれない、とも思う。笑わせようとか、軽いノリで気まぐれな視聴者に迎合しようとかいう気ではなく、あくまで、ゆるゆるとしたあの空気を、木皿自身が望んでいるとしたら、ファンはそれも含めて享受しなければならないのだが。

2015年1月7日水曜日

『コンタクト』

 何だっけ? 知ってる気がするけど…とか思いつつ観てみると、ちっとも覚えがない。とはいえジョディ・フォスターだから、そうひどいことにはなるまいと思っていると、安っぽい映画でないことは間違いない。だが地球外生命体との「コンタクト」っていうモチーフは、それを安っぽくなく決着させるのが難しい。「エイリアン」でも「プレデター」でも、最初から宇宙に進出した時代のこととして描くか、「怪獣」物として扱ってしまう分にはそこは暗黙の了解で済ませてもいいが、科学者が主人公で、しかるべき機関での活動を真っ当に描きつつ、そこに地球外生命体を登場させるのはハードルが高いよなあと思い、その危うさにハラハラしながら観ていた。
 科学と宗教、科学と政治の衝突というテーマについてはよく描けている。本物のクリントン大統領の映像を映画の中に嵌め込んで「出演」させているのもうまい。さて問題の「コンタクト」をどう処理するかという段になって、宇宙にワープするための建造物に見覚えがある。前に途中から観たぞ、これは。かつ、それほど印象がない。これは嫌な展開だ。
 やっぱり。ワームホールはジェット・コースターみたいだし、異星は(まあ心の中の映像だと説明されていたが)南国リゾートのような白砂海岸だし。この落差の甚だしい「安っぽさ」は何事だ。あれだけの巨大プロジェクトを人類に要請して、異星人のこの余りの意味のなさはなんなんだ。「コンタクト」そのものが目的だというのなら通信だけで構わないのであって、有人の転送装置を必要とする理由が全くわからないじゃないか。
 終わりまで観て、カール・セーガンが原作なのか、とか、ロバート・ゼメキスが監督なのか、とかもやもやと腑に落ちない。ジョディ・フォスターの熱演だけがやたらと熱かった。
 それにしても狂気のテロリストという重要な役どころでまたしてもジェイク・ビジー
 

2015年1月6日火曜日

『劇場版 銀魂 完結篇』 『名探偵コナン 史上最悪の2日間』

 『劇場版 銀魂 完結篇 万事屋よ永遠なれ』
 前にTVシリーズをいくつか見たときにはそのギャグセンスに脱帽したもんだが、そのわりにシリアスな展開をするのも好感を持っていた。その頃に中学生でしっかり作品につきあっていた息子と観る。ギャグは相変わらず可笑しかったが、さすがに作品にどっぷりつきあってはいなかった身で観るには、独立した作品として手放しに「面白い」とは言い難かった。まあ子供向け。

 『名探偵コナン 江戸川コナン失踪事件 ~史上最悪の2日間』
 邦画ではベスト3評価の『鍵泥棒のメソッド』の内田けんじが脚本だというので観た。『鍵泥棒』の香川照之と広末涼子が映画と同じ役で声優を務め、世界観も完全にリンクしてる。
 さすがに凝った構成で見事だとは思ったが、正直あれでは子供にはついてこられまい。といって大人向けか? そもそも『鍵泥棒』』を見ていない者には興味も半減だろうし。
 ということで「コナン」に思い入れのないことと、通しでなく分割して見たせいで、楽しめなかった。これは公平な評価ではない。だが誰が公平な立場にいるのか。

2015年1月4日日曜日

「ブラタモリ」「建築は知っている」

  「ブラタモリ」の新シリーズが新春に放送されるということで、旧シリーズが再放送。もちろんうちではきわめて好評だったあの番組でもあるし、連れ合いがこの番組のプロデューサーの講演を最近聴いてきたこともあって、連れ合いと4本の再放送を全部観た。最初の1本以外は全部観てたな。タモリは、いわゆる「お笑い芸人」の中でも別格に好感を持っている人で、その教養に感心しつつも、しっかり笑わせてもくれる。
 夜は「建築は知っている ~ランドマークから見た戦後70年」。こちらは「ニッポンのジレンマ」の出演者の中で最も好感を持った建築家の藤村龍至が案内人になっているので、同じ評価をしている息子と見た。
東京の代表的な昭和建築と、戦後のエポックメーキングな出来事とを重ね、時代に、時に寄り添い、時に戦った建築家の思考の跡を辿りながら、日本という国の歩みも浮かび上がらせる(NHKの番組案内)。
いや、面白かった。こういう、歴史をある切り口でまとめることで認識が整理される感触は快い。「ブラタモリ」のようなユルい展開ではないが、その密度の高さも心地良い。藤村龍至には当分注目していきたい。
 こういうのを案内に東京散歩でもしたい、と思ったり。

2015年1月1日木曜日

「クリスマスの約束 2014」、「紅白歌合戦」、Fab Cushion

 大晦日にようやく帰省した娘がいて、食事時はにぎやかになるけれど、それ以外には大晦日、元日と、それほど普段と変わったことをしない。お餅を食べたくらい。
 で、昨日ようやく「クリスマスの約束 2014」を観た。2001年の第一回からすべて観ているし、ほとんど録画を残している身としては、今回の「ほぼ過去の総集編」は、あれこれ感慨もあったが、勿論不満でもあった。思えば2009年のメドレー合唱は確かに感動的ではあったが、あれ以来面子が固定して、年を追って興味は薄れるばかり。今年のオープニングの合唱も、よりによって「最後のニュース」のあの念仏のようなAメロをユニゾンで歌うって何? 歌が始まった途端、一緒にテレビの前にいた家族そろって失笑してしまった。あのメンバーが揃って出演する限り、興味が薄れるというか、正直「うんざり」という感じだ。
 みんなそう思ってるんじゃなかろうか? とネットで観てみると、実に的確な感想を述べている人がいて感心した。
 人は孤絶するよりも人と結びつくほうがいい。一般的にはその通りだけれど、ひりひりした孤独の中でしか生まれない美しさも確かにあり結びつくことで失われていくものもある。 それは幸福ではないかもしれないが失われていくものだ。 ずっと #クリスマスの約束 を見てきて感じるのはそういうこと。
この人のその後のツイートを見ても、相当に信用できる人であると感じた。
 「クリスマスの約束」は、最後にもう一曲だけ、今年収録の曲を放送したのだが、それが、前日に「名盤ドキュメント」を観たばかりの細野晴臣だったから、 これはいくらなんでも期待せざるをえなかった。それにしても古くからのオフコース&はっぴいえんどファンではあるが、小田さんと細野さんのからみってのは想像できなかった。坂本龍一あたりが両方に関わりがあるとはいえ、いわゆる「はっぴいえんど系」のミュージシャンに小田さんが関わっている例はほとんどないはずだ(ユーミンと矢野顕子がちょっと、くらい)。
 で、期待した共演曲は、期待したとおりには、はっぴいえんどの曲にはならなかったのが惜しまれるが、もちろん「Smile」は良い曲だし、良い演奏だった。こういうのが並ぶのなら来年からも「クリスマスの約束」に期待してもいい。

 さて、上記のツイッターでは、昨夜の「紅白」のサザンオールスターズの出演のことにも言及されている。「歌合戦」そのものはほとんど観なかったが、たまたまサザンの登場した前後は観ていたのだった。ネットでも話題の、政治的メッセージを含んだ曲を演奏する桑田の姿勢は全面的に支持してもいい。だがはっきり言って、音楽的にはまるで面白くなかった。手慣れた曲調の曲を、何の新鮮味もなく繰り返して、しかも「定番」の良さがあるかといえばそうでもなく。サザンに良い曲・好きな曲はいっぱいある。が、昨夜の二曲はちっとも。
 それと、問題のメッセージ色の強い歌詞に、若干の不満もある。「教科書は現代史をやるまえに時間切れ そこが一番知りたいのに なんでそうなっちゃうの?」というのは、それはそれで尤もだという思いもありつつ、でも知りたいなら自分で知ればいいのだから、学校教育は、自分では知ろうとしない事柄こそを強制的に知らしめるべきだという思いもあるのである。学校教育は生徒のためにあるのではなく、共同体のためにあるのだ。本人が知りたいのなら情報は溢れているのだから、自分から分け入っていけばいい。
 とはいえ一方で、強制的に知らしめるものだという前提を認めた上で、やはり現代史をこそ教えるべきだとも思う。よく言われていることだが、歴史教育が、現代史から遡って構成されないのは不合理で非効率ではないか? それは歴史が現在との関連を欠いた「よそごと」になってしまう弊に陥っている現状を考えると、当然思い至る発想なはずだ。それはやはり、それを実現しようとするには、社会科教員の授業がルーチン化できないことに起因する怠慢なんじゃなかろうか(と他人事だと無責任なことを言う)。

 さて音楽ネタでもう一つ。キューピーの「ノンオイルきざみ玉ねぎドレッシング」のCM
の音楽が妙に良いぞと思って調べてみたらここに辿り着いた。
Fab Cushion(ファブ・クッション)、覚えておこう。今日の収穫。