2023年5月29日月曜日

『ペンタゴンペーパーズ 最高機密文書』-社会正義とエンタメ

 NHKの『映像の世紀 バタフライエフェクト』シリーズは毎回感嘆とともに全て観ている。このシリーズでベトナム戦争当時の米国防長官・マクナマラがとりあげられていて、状況がやや掴めたところで、それを扱った映画を観る。『大統領の陰謀』も、そういうふうに実際の事件についてあれこれ知っているとわかりやすいのだろうと思ったものだが、まさしくそれ。さっきドキュメンタリーで観たばかりのエピソードが映画の中で描かれる。マクナマラも登場し、これがよく似ている。

 アメリカにおけるジャーナリズムの正義、というテーマなら、日本の『新聞記者』の安っぽさが否応なく際立つところだが、スピルバーグだから、それだけではない、単にエンタテイメントとして間然するところがない。

2023年5月19日金曜日

『ダーク・アンド・ウィケッド』-キリスト教圏ホラー

 軽く観られるホラーを。

 雰囲気が怖い。物寂しい校外の畜産農家の佇まいも、始終曇っている空も。

 そして肝心の「敵」の恐怖は、実にジワジワと迫ってきて、だがここぞというところでは音もそれなりに大きく、いきなり後ろにいる、などといういかにも俗悪な脅かし方で観る者を怖がらせる。

 ホラーとしてはよくできている。まっとうに怖い。

 が、結局悪魔なのか。キリスト教圏は。

 心理的な攻撃で自殺者がでる一方、飼っている羊が大量に殺されたりもする。どんな物理攻撃ができるのかわからない。なぜ人間には心理攻撃だけなのか。

 究極のホラーは原罪意識なのだという、結局はキリスト教圏ホラー。

2023年5月5日金曜日

『プロミシング・ヤング・ウーマン』-リアルな問題

 評価が高いという事前情報に釣られて観る。よくできている。人物描写も、捻った結末に至る展開のストーリーテリングも。

 だが評価のミソとなる「問題」提起的という部分については、ものすごく気持ちがのったというわけではなかった。それはアメリカにおける「男社会」の問題がそれほどリアルでないということでもあるし、いや、日本においてだってそれは同じだろうという反省に立ってみるほど、そもそも競争社会に生きていないからでもある。女性が差別されていることがないとは言わない。だが守るほどの権益が男性にあるというわけでもない。慣習としてそうなっている、くらいのもので、その存続を誰が望んでいるわけでもない。

 主人公の動機となるのはそういう社会構造への反発というよりは女友達の復讐を代わりに果たすという側面が強く、ここがまた充分に共感を喚ぶほどに描かれてはいないから、「上手い」という以上に心が揺さぶられるという感じにもならなかった。

2023年5月4日木曜日

『犬神家の一族』-正気の沙汰ではない

  NHKはずいぶんと自局番宣をやるのだが、それにのせられて見てみようかという気になった。

 吉岡秀隆の金田一耕助は良くも悪くもない。我々にとっては古谷一行以外の金田一耕助はどれも「その他」でしかない。

 大竹しのぶが出てくるともう圧倒的な存在感に、それしかいないだろうという犯人像だが、そこが見どころかと言えばどうだろう。

 『犬神家の一族』が横溝作品の中でも際立つ印象を与えているのは、言うまでもなく例の水中逆立ち死体の鮮烈なビジュアル故だが、なんと呆れたことに、このドラマではその意味がまったくなくなって、ただその死体はそのまま意味もなく逆立ちして発見されるのだった。死体発見の場面自体が遅いなあと思っていたら、事件の真相がすっかり明かされてから、意味もなく逆立ち死体が発見される。

 3時間もかけて見てみて、最後でこれというのは思いもかけなかった。こんなことがまかり通ってしまうのは、まったく正気の沙汰とは思えない。

2023年5月1日月曜日

『プリズン・エクスペリメント』-看守への共感

 スタンフォード監獄実験の映画化と言えば、見るのは『es』『エクスペリメント』に続いて三つ目だ。もう、その興味で見る。

 俳優陣の演技は悪くない。記録にも忠実に作られているようだ。実験を指揮した教授も実名だ。『エクスペリメント』は、実験を主催する大学側の視点が全く描かれなかったから、それが徒に扇情的なばかりで現実離れした話になっていたが、そういう意味ではリアルに描こうとしているのだろう。

 それでも、現在のポリコレ社会の常識に染まっているせいか、どうにも現実離れしているように見えてしまう。途中で、これはまずいだろ、となるはずではないか、と思ってしまう。これはまったく「まさか」と思えるようなことが現実に起こるという点が焦点の映画のはずだから、その「いかにも起こりそうな」感じを観客に抱かせなくてはならないというのが最大の使命のはずだ。誰もがやめられなくなっていく…という傾向に染まっていくその微妙さが。

 それなのに、いきなり看守がノリノリなのは、まああるかもしれないが、あんなに嗜虐的になっていくのはやはり不自然に思える。例えば「看守として秩序を護る」という使命が実験の目的として与えられ、それに対して過剰適応しているうちに、現実社会を引きずっている囚人たちの反抗的な態度に怒りを覚えてしまう、とかいうことなら「わかる」かもしれない。だがいきなりあんなに嗜虐的に振る舞う人たちには共感できない。

 看守に共感できなくてはこの映画は失敗なはずなのに。