天才数学者を描いた映画と言えば近いところで『イミテーション・ゲーム』だし、統合失調症を描いた映画と言えば『シャイン』だが、アカデミー賞を総なめにしている本作は、そのどちらほどにもよくできているとは言い難い印象だった。
無論、出来が悪いとは思わない。映画自体はロン・ハワードによる手堅い職人芸だし、ラッセル・クロウもジェニファー・コネリーも達者な演技ではあった。が、監督賞や俳優賞をとるほどの特別さとも思えなかった。主人公の妄想が、ある時突然明らかになる時に壁一面に貼られたメモの異常さが画で示される映画的な描写は見事ではあったが。
ことにアカデミーが脚本賞を与えたというのが解せない。どこにそんな面白さがあったか。妻の愛がジョン・ナッシュを支えたという結末なのだが、そうした過程が充分に描かれているとは思えず、彼女は単に苦労したが逃げ出さなかった程度にしか描かれていないように見える。その葛藤はどんな論理で描かれているのか。
この映画の重要な映画的トリックであるところの叙述トリックも、驚きはしたものの、感動につながったかといえばそうでもない。叙述トリックが感動的であるためには、1.伏線を回収するカタルシス。2.妄想で見えている3人が、物語的にどういう意味を持った3人であるかに納得できる。3.妄想であることがわかったとき、その事実に身を切られるような喪失感を感ずる。といった要素が必要だろう。2についてはそれなりに説明できるものの、なるほどそうだと腑に落ちるように描かれているとも思えない。ということで、意外性と主人公の狂気を描くためにいたずらに設定されている感が強かった。
良い映画ではある。だがあれほどの評価の高さがどこから生じているかがわからない。アカデミー賞の作品賞は、何かしらアメリカ的な事情があるんだろうなと思えるのだが、それが何なのかわからない。