2024年10月1日火曜日

2024年第3クール(7-9)のアニメ

 もしかしたらこれほど多くの放送アニメを見通したクールは初めてかもしれない。観ても良いと思える作品が揃ったということでもあり、ちょうど仕事の方が時間の自由が効くタイミングになったということもあり。

 

『ファブル』

 そのまま2クール目に入って、実写映画の2のエピソードに入った。劇場版は12話が2時間にまとめられているのか。

 それにしてもなんなのかよくわからない面白さ。アニメの質の低さにもかかわらず、毎週が楽しみになってしまう謎の中毒性。

 まあ声優陣の豪華さのギャップはすごい。それぞれに芸のあるキャラクター造形で、それが楽しみの一つでもあった。

 基本的には、無敵なのに意外と良い人、という心地よさで見せているだけなのだが、どうもこの面白さは謎だ。


『小市民シリーズ』

 米澤穂信の『古典部』と並ぶ初期、高校生シリーズ。『古典部』とは趣向が違うという話なのだが、むしろ驚くほど似ているようにしか感じない。別シリーズにしているわけがわからない。なおかつ主人公二人の絵面が、この間観たばかりの『早朝始発の殺風景』の山田杏奈と奥平大兼の二人に驚くほど重なる。で、日常系ミステリーだ。もはやどれも同じ。

 ところでこちらは京アニの『古典部』に比べても驚嘆すべきレベルのアニメーションに仕上げられている。監督の神戸守は『約束のネバーランド』以来(押井守、細田守、畠山守…、なぜ守という名のアニメ監督はこうも多いのか)。

 そのアニメーションのレベルに比して、お話がちっとも面白くない。なぜこんなに!? と言いたくなるほど。原作もこうなのか?

 クールの後半にだんだんお話が繋がって面白くなってきたが、謎解きのテンポの遅さが致命的にもどかしい。なぜこんなふうに描くことを選んでしまったのか。

 第2シーズンがあるということで、そこでまた評価が変わればいいが。


『義妹生活』

 親の再婚で同級生と義理の兄弟になって同居するという設定が既におそろしくラノベだが、ふざけたドキドキエピソードを並べる方向にではなく、ぎこちない二人の心情を丁寧に描く静かなタッチに好感を持って見続けた。物語をある程度語り進めてから、遡ってそのエピソードをもう一度別視点から語り直す仕掛けは面白い。それでこそ丁寧な心情描写もできている。

 物語の展開もそうだが、部屋の中の動かない長いカットを大胆に使う演出も(まあ省コストの要求もあるのかもしれないが)、全体にこの作品の静謐な空気感を生み出していて好感がもてた。


『恋は双子で割り切れない』

 アニメの質も高くはないし、幼なじみの双子の姉妹に同時に好かれるという、これもまたあまりにラノベの設定が恥ずかしいが、これも『義妹生活』と同じく、途中から別視点でたどり直すという手法が使われて、1話に感心した。この手法は1話だけだったが、それ以降は、端々にはさまれるオタク話の蘊蓄の厚みに驚嘆しながら見続けた。キャラクターに好感が持てるとまではいわないが、それぞれに丁寧に描かれる痛みは切ない。


『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』

 実にラノベ。テイストは『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』。ちょっとだらしないように見えて実は能力の高い主人公が可愛いヒロインに好かれている構図は既視感満載。もっと前には『涼宮ハルヒ』でもある。ヒロインは総じてツンデレ。

 日常のドタバタだけを描くなら続けないところだが、徐々に明らかになっていく設定と続いていくストーリーの流れに見続けた。

 さてこれからいよいよ生徒会長選が盛り上がっていくかというところでこのクールはおわり、2期が予告される。


『負けヒロインが多すぎる!』

 なんだか驚異的にアニメの質が高い。このクールは『小市民』シリーズという更に図抜けたアニメがあるものの、本作は本作でめったにないレベルではある。学校の中の風景や、そこで登場人物たちが見せる言動の断片がいちいち高品質で驚かされる。

 とはいえ、あちこちは切ない感情を拾い上げてもいるものの、ラノベらしいお気楽さは否定できない。


『逃げ上手の若君』

 時々『ジャンプ』的なノリが鬱陶しいとは思ったが、総じてアニメーションの質は高く、ストーリーも動きがあって引き込まれた。とりわけ『七人の侍』を思わせる中山庄の攻防戦は面白かった。エンディングの「鎌倉style」も最高だった。


『俺は全てを【パリイ】する~逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい~』

『新米オッサン冒険者、最強パーティに死ぬほど鍛えられて無敵になる。』

『ダンジョンの中のひと』

『この世界は不完全すぎる』

 かつては異世界転生、剣と魔法、ダンジョン…は最初から観ずに消していたが、ここ2,3年は様子を見ることにするようになって、そのまま通しで観てしまうものも増えた。

 さて今クールはこの3本と、ゲーム内世界という『この世界は不完全すぎる』がその系統。溜めてしまうこともなく放送週のうちに観てしまえる。

 『俺は』と『新米』はどちらもやや年のいった主人公が冒険者を志し、自分が強いことに自覚がないまま無敵になっているという共通の設定がある。その無垢ぶりに好感が持てるからこそ、強いことに快哉を感じられる。

 それにしてもあるクールに同じような設定のアニメが重なることがこんなに多いのはなぜなのか。

 『ダンジョンの中の人』はこの中でもとりわけ楽しみな放送だった。ダンジョンというのは実は制作者によって管理・維持されていて、それを支える裏方の営為を描く、という設定から、ふざけるばかりのお話が続くのかとも思ったが、意外と真面目にその設定を活かした考察が展開されていて面白かった。生真面目で強い主人公に対する好感は、『ポーション頼みで生き延びます!』『悪役令嬢レベル99』に共通する。

 『この世界は』は異世界とはいえゲーム内という設定だから、異世界物のご都合主義が理由付けされて、ゲームあるあるとして語られる理知的な感触に好感がもてた。


『鬼滅の刃 柱稽古編』

 通常の1クールよりはやや短い10話分のシリーズ。

 結局アニメではずっと観ている。それほど面白いと毎回思っているわけではないが。ジャンプ的なふざけ方は好きではないし。そして、毎回、それぞれの登場人物の過去が語られる時の壮絶さが感動的、ということなのだが、それも飽和してきているとも思う。

 とはいえ、最終回で、ようやくラスボス同士が対峙してからの論理のぶつかりあいでちょっと居ずまいを正されていると、そこに主要な登場人物が集結する展開に心躍らされた。いよいよ最終決戦、決着がつくのか、と思っていると、舞台はCGも見事な無限城に移動してまだ相当にシンドイ展開になることが予告される。そのまま劇場版の制作が予告される。これはなるほどエキサイティングな展開だと言っていい。


『異世界スーサイド・スクワッド』

 DC映画の実写『スーサイド・スクワッド』は観ていない。マーベルもそうだが、観てもどんどん忘れてしまいそうではある。

 アメコミと日本のラノベの融合って面白そうでしょ、というあざとさはあるが、『進撃の巨人』などのウィットスタジオのアニメは高い品質で、そこだけは見応えがあった。

 とはいえやはり映画の方への愛着のないところでは気分にそれほどのもりあがりもなく。


『多数欠』

 最初のうち、デスゲームを支える論理ゲームの構築が意外と精緻だと感心したが、その後はだんだんキワモノめいてくる。1クールで終わらないことがわかって録り溜めたまま。

2024年9月24日火曜日

『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』-クドカンに求めるもの

 宮藤官九郎の監督・脚本作品だというので、観てみるが、手放しで面白かったとも言い難い。ギャグは効いていた。確かにクドカン作品の面白さに笑いがあるのは確かだが、それだけを求めているわけでもない。「ゆとりですが何か」の面白さも、そこではない。くすりとさせてくれるのは悪くはないが。それよりもストーリーの巧みさと人間ドラマではないか。

 もちろん輪廻転生ものとして切ない決着を見せようとはしている。だが、全体には無理矢理なギャグが邪魔していて、あんまりそれにはのれなかった。

 長瀬智也と神木隆之介のうまいことには唸ったし、音楽がのりのりなのも楽しかったが。


2024年9月22日日曜日

『プリズン13』-弛緩した

 日本版スタンフォード実験映画。期待はしていないが、やはりこれはダメそうだととばしとばし見ていても多分問題ないほど弛緩した演出。

 映画としてはひどいと思ったが、同時に、監獄が全体を「檻」として設定し、工場のようなスペースに置かれて展開するので、なんだか舞台劇のようでもあった。そう思って見ると、たぶん舞台劇ならそこそこ観られる。舞台劇には映画のようなリアリティが期待されていない。それこそ「芝居」がかった感情の表出が許される。

 そういう映画だった。

2024年9月20日金曜日

『エコーズ』-標準点

 とりあえずホラーで、アマプラの評価も低くないものを、というだけで事前情報もなく、ケビン・ベーコン主演を頼りに。

 殺された女子高生が幽霊になって自分の死体を捜させる、というベタな設定で、ホラーとしては、カメラがパンすると死角から幽霊が現れるというジャンプスケアくらいでそれほど質の高いものではないが、全体には手堅い描写で、一応は観られる。

 ちゃんと決着のつくストーリーは不全感もなく標準点ではあるが、大満足というわけにはいかなかった。

『初恋の悪魔』-坂元裕二

 2年前の放送だが、今のところ坂元裕二の連続テレビドラマとしては最新作。

 2話の途中まで放送に気づかずにいたので、以降に録画したものの最初のところを観るまではと、2年間未見だった『初恋の悪魔』が、ようやくアマプラに挙がったのでとうとう見始めた。見始めるにあたって娘を誘って、1話を観たところで、この後は一緒に観ることにした。

 演出が坂元裕二作品をいくつも手がけている水田伸生なのは安心だが、1話を見る限り微妙なぎこちなさもある。松岡茉優の真顔は『最高の教師』でやりすぎだと感じていたが、これもちょっと。

 主人公グループが謎解きをする際の、現場の中にバーチャルに登場して歩き回りながら真相を推理する演出はテレビ的には売りなのかもしれないが、『不適切にもほどがある』のミュージカルシーン同様、それが楽しくて、というほどの魅力はなかった。それよりもリビングでくり広げられる4人のやりとりだけで魅力は十分。軽妙な会話のテンポも、芸達者な役者が演じるキャラクターも、演出も。例えば登場人物二人が同時に、反対方向に首をかしげる「お芝居」的演出でくすぐるところはやはりよくできている。

 さて、毎回、事件を解決するドタバタのミステリーシリーズなのかと思いきや、後半に入って、通して設定されている大きな事件が主人公たちを大きく動かしていく。その引きの強さに、にわかにのめりこんで、後半は一晩に3話、2話と続けて観た。それぞれに映画1本分の長さの鑑賞は、世界への没入感も強く、幸せな視聴体験だった。

 松岡茉優のヒロインが二重人格で、仲野太賀と林遣都の間でそれぞれに関係を作るのだが、これは一体どう終われば納得いくエンディングなのかと気になる。真面目で生きにくい林遣都演ずる鹿浜のキャラクターが実に愛おしいのだが、こちらと相対するヒロインの人格の方が「副」という設定で、最終話で、消える前に最後に鹿浜に会いに来るという、ある意味ではベタとはいえ、実にもうどうしようもなく切ないエピソードを、どう描くか、見物だった。

 で、これはもう最高に良くできた脚本と演出だった。単に悲劇にばかり描いてはその後の日常に差し障りがあるから、本当に切ない別れを描きつつも、ぎりぎりのところで軽くバランスを取る。別れの後の、しばしの時間経過後が描かれるのだが、まだ会話が続いているのだ。しかもまったく軽いお喋りが。さらに翌日以降の人間関係の継続が、完全に何かが終わったりしない日常として、描かれる。そこには穏やかな救いと、拭い去れない喪失感が同居する。

 『大豆田とわ子』の面白さの完成度は驚嘆するほどだったが、その世界に観る者を引き込んでとどめてしまう強さは本作の方が強かった。それだけ濃密な感情を味わった。


2024年9月16日月曜日

『桐島、部活やめるってよ』-映画人の自己愛

 最近ようやく『初恋の悪魔』を見始めて、ここで共演している松岡茉優と仲野太賀が12年前に共演した本作ではどんな感じだったっけ、と観直してみた。

 同時に、前回の鑑賞では良い印象がなかったが、そこに変化はあるか、という興味も。


 観終わって、前回どんなことを書いているかと見直してみると、間然するところがない。かなり細かい印象まで、そのまま今回も同じように感じた。むしろ好感を持てたかのように書いているほどに面白いとも感じなかった。より一層、映画人の自己愛ではないかと感じ、同時にそこに戯画的な誇張があるのも残念だった。

 あらためて、これを年間の最優秀映画に選ぶ日本アカデミーというのはいかがなものか。


2024年9月15日日曜日

『サイダーのように言葉が湧き上がる』-アニメ的演出

 陰影をグラデーションにせずに、分割された面を驚くほどカラフルに彩色する画面は、古くは『ハートカクテル』のワタセセイゾウや、古沢良太が脚本を書いていた深夜放送アニメ『GREAT PRETENDER』が思い出される。観ているだけで楽しい。

 なんか音楽も心地良いなあと思っていると牛尾憲輔で、あろうことか劇中で50年前のシンガーソングライターの曲という設定で流れ始めたのは大貫妙子の声だった。良い曲だった。


 にもかかわらず面白かったとは言い難い。

 例によって、アニメっぽい演出が鼻につく。やたらと大げさに感情を表出させることが「面白いアニメ」であるように勘違いしているらしい描写が観ていて不快だ。照れたり焦ったり驚いたり、リアリティを目指していないことはわかるが、じゃあ面白いかといえば面白くはない。これをやられると感情移入が阻害されるとは思わないんだろうか。思わないんだろうな。韓国映画的な、これって面白いでしょ、演出。

 イシグロキョウヘイは「Occultic;Nine」を録画してあって、にもかかわず8年間未見なのだが、これは期待値が下がる。下がる方がいいかもしれないが。期待値は。

 脚本が「攻殻機動隊」など、神山健治との仕事で名前を見る佐藤大なのだが、これも感心しなかった。半ば惚けているらしい老人が古いレコードを探してショッピングモールを徘徊するという基本設定も意味がわからないし、ヒロインのコンプレックスは出っ歯のはずで、そのせいでマスクを外せないという設定(コロナではなく!)なのに、他にビーバーという、やはり出っ歯の登場人物を出すとか、うまくいってないこと甚だしい。

 それでも面白くなくとも感動的でありさえすればいいのだが、主人公が祭の櫓からマイクで告白するクライマックスで俳句を連呼するとか、感情の揺らし方が集中せずに散漫になる場面演出が残念に過ぎる。