2021年8月8日日曜日

『積むさおり』-象徴としての耳

 とりあえず短いホラーを観たいと検索すると、『本当にあった怖い話』シリーズが出てくる。なるほど確かに短編だ。比較的評価の高いものを2本ほど観てみるが、まあ予想の範囲内。で、それよりもうちょっと評価が高くて、ちょっと長いが、なんだかよくわからない本作を観始める。

 これは良くできていた。『本当にあった怖い話』やら『新耳袋』あたりの、怪奇現象が起こるたぐいのホラーではなく、いわば心理サスペンスだが、監督がホラー映画に関わりのある人だというので検索に上がったのだろう。

 話は単純で、中年の再婚夫婦の、主人公である妻に「積」もっていく微妙な不満が、幻想の中で爆発する、というだけ。結局は、実際に夫を惨殺して…といったホラー展開にはならない。

 特に悪気があるわけでもない夫の無神経なふるまいが、これはそういうことか? と思っていると、そうなのだ。その微妙な描写の積み重ねが巧みなのと、主演の黒沢あすかの演技が圧倒的なのがまず高評価なのだが、それだけではない独特の仕掛けもある。音である。

 不満の累積が耳鳴りというか、難聴のような症状として表れてくるのだが、同時に、不快な音だけは強調して聞こえてくる(これはテレビでは観られないと、パソコン再生でヘッドホンをして視聴した)。

 と同時に、散歩の途中で見つけた、公演の一隅にある枯れ木の隙間が、なにやら象徴的な心の暗闇にように感じられ、それが最終的に耳の比喩として描かれる。そこに巨大な「耳かき」を入れて、様々な「不満」を掻き出すのだが、その巨大な「耳かき」が、人体を模している奇妙な造型なのが印象的だった。

 この奇妙なオブジェがどのように発想され、かつそれがなんでこんなによくできているのかと思って調べると、そもそも監督は特殊メイクの専門家なのだった。その専門性を活かして、かつ繊細な演出を積み重ねた心理サスペンスとしての佳品だった。監督自身の脚本でもあり、主演女優が実生活の妻でもあるところに好感度も増す。

 結局日常に戻っていく結末を、ハッピー・エンドだと捉えて良いのやら。

 怖い。

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