2019年1月11日金曜日

Kはその時、何をしていたか 5 第2の仮説

問①  このエピソードの意味は何か。
問②  Kは何のために「私」に声をかけたのか。


 ここであえてd説の可能性について考えようと提案する。Kの行為に特別な意味がないと考えて、なおこのエピソードが語られる必要を想定できるだろうか。
 まずは次のように問う。

 問   このエピソードの前後で何が変化したか。


 Kの口にした「覚悟」の意味についての「私」の解釈が変わったことは生徒もすぐに指摘する。

 問   この変化から、このエピソードの「意味」を説明せよ。


 この晩のKの意図をはかりかねた「私」は翌日Kに問い質す。その際のKの態度から、上野公園の散歩の際にKが口にした「覚悟」を、当初の「お嬢さんを諦める『覚悟』」とは反対の「お嬢さんに進んでいく『覚悟』」であると思い込んでしまった「私」は、焦りから奥さんに談判を切り出す。こうした展開の導因としてこのKの謎めいた行動があるのだから、このエピソードは、Kの心理が「私」にとって謎であることによって「私」の疑心暗鬼を誘い、「私」に悲劇的とも言える行動を起こさせる誘因となる、といった、物語を展開させる推進力となる「機能」があるのである。こうした「機能」を、このエピソードの「意味」だということも可能だ。
 こうした①「エピソードの意味」に整合的な②はd「Kの言葉通り、特別な意味はない。」である。Kには特別な意図はないのに、「私」が考えすぎてしまっているのだという解釈は、心のすれ違いを描いた「こころ」という作品の基本的な構図にふさわしい。Aの「Kの声が落ち着いていた」ことも、「特別な意味がない」ならば当然だし、Bについても「意味がない」ならば考える必要がない。

 ①の仮説2 物語を展開させるはたらきをする。
 ②の仮説2 Kの言葉通り、特別な意味はない。


 これでこの問題に結論が出たことになるだろうか。問いかけてから一呼吸置いて、ならない、と宣言する。

 問   右の結論では充分でないと考えられる点はどこか。


 これではこのエピソードの意味がこのエピソードの前後で完結してしまって、3の四十八章のKの自殺と関連させて解釈しなければならない、という視点がすっぽり抜け落ちてしまっている。何のために四十八章でこのエピソードを想起させたのかわからない。
 ただこれは仮説2を否定するものではない。少なくとも①については、このエピソードがそのような「意味」を持っていることは否定できない。ただ、充分ではない、のである。

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